まだ陽の高い午後。
ツクモと平門は仕事で出かけている。
與儀は羊さん達のメンテナンスを手伝い中だ。
无が自分も手伝うと申し出たが、ゆっくりしてなよ〜と與儀の朗らかな笑顔で断られてしまったため
只今自室で、花礫と无は時間を潰していた。


とりとめのない会話を繰り返している内に、无の口からは
ツクモちゃん優しい、だの
與儀は強い、だの
朔さんすごい、だの
キイチちゃん元気、だの
褒め言葉のオンパレード。
花礫はそれにいちいち反応を返しながら、ふっと考える。


「お前さ、他人の嫌なとこ見えてんの?」


昔、汚くなれと花礫は无に忠告したが、あれから幾月経ったところで无は純粋なままだ。
一瞬じわりと黒いものが生まれて花礫の心が陰り始めるが、振り払う。
最近こんなことが多いなと、花礫は頭の片隅で思った。


「嫌…?」

「誰かに対して、こいつのこういうとこムカつくとか嫌いだとかだよ」

「う…?え…?」


无の反応に、また少しイライラが募る。言葉を続ける。


「俺には?」

「…う…え…?」

「與儀」

「あ……う」

「…ツクモ」

「…… …」

「平門……」

「… … …」


花礫の問いに、ただただ焦りながらオドオドと首を動かし手をさ迷わせ
ちらりと花礫を見て、何故だか怒っているかもしれない低くなっていく声音に心配そうにしている。
そんな无を視界に入れながら、花礫は下を向いて自嘲気味に小さく笑った。



そう。結局こんな質問、何の意味もない。无に対しては。
他人の嫌なところ?そんなの見えてない。
見えてないというよりは、それを嫌なことだと認識しないのだ。
困ったり苦手だとビクつく事はあっても、腹を立てたり嫌だと思う事は無い。そういうやつだ。无は。

自分もそうなりたいと思ったことはない。ただ本当に稀に、羨ましくなる時がある。
无は優しい。 无は綺麗だ。


・・・・・・・・・くそっっ!!


手近にあったものをガンッと蹴り飛ばす。


「………」

「悪い。ちょっと出てくる」


一言呟いて扉に向かう。
悪いと思ったことはちゃんと相手に詫びをいれたりするところが、花礫もやっぱり素直な子だと
まあ與儀なんかがいたりしたら思うところではあろう。

扉に近付く花礫の足が進めなくなる。
パシリと腕を掴まれたからだ。もちろん犯人は无しかいない。


「何」


顔を見られたくなくて、俯き加減に尋ねる。


「ガ、花礫、ある…?んだよね。言って」

「…は?」

「俺の嫌なとこ言って。俺、頑張って治す、よ!」

「…………」


不安そうに、けれど一生懸命に无は花礫に訴える。
怖いだろうにそれでも真っ直ぐに見つめてくるのだから、こういうところが无は強いと思う。

しかし、まさか无からそういった返しが来るとは思っていなかった花礫は、一瞬キョトンとしてしまう。
数秒間、无を見つめた後に、ボッと顔を赤くして
しがみ付かれた腕を振り払い、扉に向かう足を再開させた。


「知るか」

「え、あ、え、ガ、花礫」

「うるさい」

「あ、あのねすぐには無理かもしれないけど、俺頑張るよ!」

「いい」

「でも、あの、花礫?」

「…… ……」

「ガ……」

「お前の嫌なとこなんて、一個も思いつかねーよ!!」


しつこくも段々涙声になって必死に聞いてくる无に、結局は无に甘い花礫は
顔を赤く染めながら大声をあげて无に怒鳴る。



考えてもいなかった。无の嫌なところなんて。
頭に来ることは多々多々ある。
でも面倒をかけられても、変なことに巻き込まれても、うるさいと感じてても
无を嫌だと思ったことは、一度もないのだ。

あれ、ムカつくことがあっても嫌だと思ったことはないって
最初に无に説明したことと矛盾してないかと、頭の片隅で冷静に考えた花礫だったが
もうそんなことはどうでもいい。
どっちにしろ、无が誰かを嫌いだと思う事はないんだろう。



花礫の怒鳴り声に、ピと身を固まらせていた无だったが
言葉の意味を理解して顔を輝かせる。


「本当?花礫」

「うるさいお前もう喋んな」

「え、、う……う…?」


照れ隠しの花礫の命令を律儀に守るが、その後どうすればいいかわからずにあわあわと動いて
どうにか自分の気持ちを伝えようと花礫に抱きついた。


「う、わ」


ぎゅーぅっと抱きついてくる无に、はあ?!何?!!と苛立ってみせるが
无の口は綺麗にチャックされて閉じられている。
?となった花礫だが、先程の自分の言葉を思い出し、ああ、と、早すぎる解除を告げれば
无はガバリと花礫を見上げた。


「俺ね、花礫、いっぱいいっぱい好き!」


満面の笑顔に、何だかもう馬鹿らしくなって花礫はその場に座り込む。
必然的に无もしゃがみ込む形になった。


「花礫?」

「…俺も、お前の事いっぱいいっぱい、嫌いじゃねぇよ」


腕を伸ばして、くしゃりと无の頭を撫でた。
花礫の言葉と行動に、更に頬を赤らめて幸せそうに笑う无に、
さっきとは違う、柔らかな笑みを花礫もこぼす。


いっぱいいっぱい好きってのは、大好きっていうんだよ。

じゃあ、いっぱいいっぱい、嫌いじゃねぇってのは、好きってことになんのかな。


ぼんやりと浮かんだ思考をすぐに払拭する。
自分にそういうのは似合わないし、言われた无本人も納得しているのだから、それでいいだろう。



目の前で揺れる无の髪をつんつんと引っ張る。
時間も大分経った。與儀はもう終わらせただろうか。これからどう過ごそう。
髪を引っ張られて、何だろう?と顔を上げた无に何でもねーよと答えつつ、窓の外へと視線を移した。
穏やかな午後はまだまだ続く。






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