随筆集11

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日本構造物診断技術協会 会報第12号(草稿)
至 福 の と き
― ONとOFF ―
■昭和33年3月、大阪地下淀屋橋駅。小
学3年生の春休みを利用して、四国から大
阪の祖母宅まで初めて一人旅をした。階
段を降りると、一気に広がる無柱の空間。
ホームに下りると、思いかけず天井が高
い。なぜか心安らぐ地下鉄の匂い。地方の
小都市から出てきた少年をして、もう少しこ
こにいたいと思わせるに十分な空間であっ
た。この空間が都会の象徴であった。ただ
し、――この体験がその後の土木屋人生
のきっかけになった訳では、ない。
この大空間が、地上の御堂筋と地下鉄を同時に整備するという大阪市の都市計画の産物であることを知ったのは、ずっ
と後のことである。これによって大規模な開削工事が可能となり、大空間が生まれた。当時の大阪市土木技術者の慧眼
に敬服。
■昭和57年3月、群馬県月夜野町利根川
河畔。二人の技術者が橋を見上げてい
る。一人は筆者、一人は現東京大学大学
院教授國島正彦氏。橋は、国道17号月
夜野バイパス月夜野大橋。ドイツから導入
した新しい橋梁架設工法「P&Z工法」によ
る、初めての長大橋の竣工前日である。
「できたな〜」、「ああ」。・・・これ以外、言
葉もない。新しい工法を売り込むための全
国行脚の日々も、寝る以外は仕事をしてい
たこの2年も、今は語る必要がない。
あれから24年。いまだに橋面の変形を測り続けている。われわれを橋梁の世界に入れてくれた橋への恩返しのつもりで ある。
■平成14年8月、高松。5年に一度の故郷での高校同窓会。
5年前、昔の「エレキ」仲間とバンド再結成の約束をしていたら
しい。われわれは、高校創立以来初のエレキバンドである。と
っくにエレキは捨てたけど、約束したならしょうがない。いっち
ょ、やったろーやんけ。高松から送られてきた楽譜で練習した
成果を一回だけの合同練習で確認して、さあ本番。
デンデケデケデケ〜。われわれは、ベンチャーズの忠実なコ
ピーバンドである。PIPELINE、DIAMOND HEAD、ラストナン
バー「十番街の殺人」。立て続けにエレキの名曲を演奏する。
会場はもう大盛り上がり。
割れんばかりの拍手を背に、退場。校歌を歌って閉会。しかしわれわれには、まだ仕事が残っている。夥しい数の
アンプやスピーカーを車に積まなければならない。2次会に行く連中を横目に見ながら、片付け。ホテルの人もテ
ーブルや椅子を片付け始めた頃、がらんとした会場の隅で静かに乾杯する54歳のバンドマン達。
■平成17年3月、阪神甲子園球場。甲子園などまったく縁がないと思っていたわが母校が、72年ぶりの甲子園出 場を果たす。東京・大阪・高松のみならず、広島・名古屋からも同級生が集まる。前日から泊り込みで緊急同窓会 だ。いつものように「今、なんしょン?」、「どうしょったん」でいくつもの輪ができる。
翌日、晴れ上がった空に7000人の大応援団。相手は強豪宇部商業である。21世紀枠で出てきた無名の高校相 手には応援など無用とばかり、敵のアルプススタンドはパラパラ。試合前のノックを見ただけで、10対0ぐらいの負 けを覚悟する。それでも、やはり高校生。それなりに締まった試合になる。タイムリーヒットで1点取ったきなどは、
勝ったような大騒ぎである・・・ふと、妙な感情 に支配されている自分に気づく。コンバットマ ーチを連呼しているときも、校歌を歌うときも、 突然声が出なくなる。ついぞ忘れていた「こみ 上げる」という感情だ。
あっという間の2時間5分。6:2敗戦。選手達 がアルプススタンドに挨拶に来る。「いいぞ ー、いいぞー」、「ようやった、ようやった」、「あ りがとーっ」。われわれには、負けた悔しさな んか微塵もない。ホンマにありがとう、後輩達。 1回戦敗退のチームに、最優秀応援団賞の オマケがついた。
■平成18年4月、ベトナムハロン湾。バイチャイ橋連結式。着工から3年、1面吊りでは世界一となるPC斜張橋がそ の全貌を見せた。世界遺産の湾口50mの空中で、全長903mが1本の線になった。
 世界一の橋を造る――私にとっても会社にとっても、夢のような話だ。ハノイから中国に向かう物流の基幹道路、 18号線はハロン湾で分断され、人々はフェリーでの通行を余儀なくされている。人、車、果物、豚、衣料などなど、 あらゆるものがフェリーに乗って移動する。この橋によって、人々の便益は飛躍的に向上する。円借款によるによる
日本の資金と中央 支間435mを繋ぐ 日本の技術が、ベ トナムと中国の経 済成長を支える。
情報入手から10 年、やったぜ世界 一。祝杯を重ねて 朦朧としてきた頭 に、さまざまな思い が渦を巻く。さあ、 次はどんな夢を見 ようか。



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2006.9.20
土木学会全国大会研究討論会資料
ドボクで姉歯事件は起こるか
清水建設株式会社 土木技術本部長  渡辺 泰充
■答えは、
 イエスである。姉歯のような確信犯的な偽装でなくても、善意の設計技術者が間違いを犯し、それが訂正されずに世に 出ることは珍しくない。その大きな原因は、わが国の簡素化された(貧弱な?)設計照査システムにある。悪意にせよ善 意にせよ、わが国のシステムでは設計ミスを見つけ出すことは、経験と知識に富んだ技術者の目を通らない限り、限りな く困難である。それは、わが国の設計照査システムが、二つの大前提―「土木技術者は善人である」と、「発注者は間 違いを犯さない」―に立脚していることによる。
 コンクリート標準示方書が性能照査型に移行した。形だけ、もしくは精神だけの移行という批判もあるようだが、それでも 設計者の自由度を増すことに間違いはなく、設計実務者としては歓迎すべき方向である。ただ、これまでの仕様規定で 設計ミスが少なからず発生していることを考えれば、設計の自由度の増大に比例して照査システムの重要さが増すこと は明白である。今こそ、上記の前提を崩した新しい設計照査システムを考える時である。
■海外の設計照査システム
1)台湾湾新幹線の例
 図―1は、台湾新幹線の設計審査の流れである。通常の場合で、設計図書が15回往き来して、はじめて工事にかか ることができる。工事契約は設計施工であり、すべての工区で、請負者は別途設計者を下請けとして契約している。この システムに特徴的なことは、請負者が請負者から独立した照査技術者(CICE)を雇うことである。CICEは設計者とは別 に設計計算を行い、結果が違っていれば修正指示を行う(3)。設計者とCICEの意見の食い違いは、すべて発注者に報 告される。請負者は、CICEのCertificateを貰って初めて発注者に設計図書を提出できる(8)。
 発注者はまた、発注者から独立した照査技術者(ICE)と契約
し、請負者から上がってきた設計(9)を照査する。ほとんどの
場合、何らかのコメント付きで返却されて(11)、これに対応し
た修正を行った後再提出する(14)。これがコメントなしで戻っ
てきて、始めて着工となる(15)。
 特筆すべきことは設計責任がCICEにあることである。したが
って、照査業務とはいえCICEは設計料の65%程度のフィー
で契約するのが通例である。
2)シンガポール地下鉄の例
 図−2は、シンガポール地下鉄の構造設計に関する設計照 査システムの例である。実際には、このほか設備や耐火構造 など数項目について審査を受けなければならない。請負契約 は設計施工であり、一般的には請負者は設計者を雇う。シン ガポールの特徴は、設計者の一員としてのPROFESSIONAL  ENGINEER(PE)と、発注者と契約しているAC-
CREDITED CHECKER(AC)の資格をもった「個人」の存在 である。
  PEは、発注者への申請内容に関する全責任を負い、その責任は無限である。ACは、PE取得後10年経過して登録す る国家資格であり、発注者に申請する際にはACの承認が必要である。ACはPEと同じ条件で独自に設計し、相違があ れば双方納得するまで議論して結論に至る。
 ■わが国の設計照査システム
1)設計施工分離の場合
 わが国には、これらアジア諸国のような契約を伴う照査シス テムはないが、現行の状況を図示すると図−3のようになる。ア ジア諸国の例と比べるまでもなく、余りに単純であり、発注者・ 設計者のそれぞれが過ちを犯さないという前提に立っているこ とがよくわかる。このシステムで設計ミスを防ぐには、両者もしく はそのいずれかが「頑張る」しかない。同時にこのシステムで は、設計責任および照査責任の所在が曖昧である。
2)計施工の場合
 最近、公共工事でも設計施工で発注されるケースが増えている。このケースの図式は、図―3で設計者のところを請 負者にすればいい。照査は当事者双方で行うことになるが、発注者に照査能力がない場合は、審査を別途組織した委 員会で行うこともある。ただし、この場合でも委員会に照査責任を持たせた例はない。
■設計品質確保のために
設計ミスを防ぐ第一は、設計能力を上げることである。このために、設計責任と権限を明確にするシステムが必要となる。 これは設計者のインセンティブにも繋がる。一方ではリスク回避のために、設計保険制度の充実が不可欠である。
 善意のミスおよび悪意の偽装の双方を防ぐには、第三者による照査を積極的に取り入れるのがよい。間違いのないも のを提出するのは設当然のことであり、照査は設計業務に含まれるという考え方を捨て、照査業務を別途契約する。当 然、照査技術者は設計者より上級の資格と経験を必要とし、照査責任が生じる。
 設計ミスに対する罰則を明確にすることも必要である。これまでの性善説を捨て、能力の低いもの悪意のあるものを排 除するシステムを構築することが、良質な社会資本を蓄積する第一歩である。