少欲知足
防長新聞 2002年元旦 清流より(タイトルは管理人)

新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)

新しい年の初め、この初春の、今日隆る雪のように、良き事も次々と積もるがよい。
わが国最古の歌集「万葉集の編者とされる大伴家持が因幡国(鳥取県東部)の国守として赴任した折の元旦につくった歌だ。
当時、正月の大雪は瑞兆(ずいちょう)と考えられていた

長歌、短歌、連歌など合わせて四千五百首にのぼる「万葉集」全二十巻は
このめでたい豊年を祈る家持の、堂々たる歌で終わっている。
家持自身、この後、一切歌を詠むことはなかったという

因幡国の国守は明らかに左遷だった。だが、その厳しい処遇を嘆くのでなく、
世の人々の幸せを念じる家持の心情は一点の曇りもなく澄みきっていたに違いない。
「まだ足りない。もっと欲しい」という我欲ばかりが働けば、そこにとりつくのは「不幸」の二字。
不遇をかこつのではなく、足るを知れば幸福はいつも身の回りにあるはずだ

大量生産を支える、浪費まがいの大量消費。
それに膨大な廃棄物という構造を拡大再生産する「強欲の経済」とおさらばするのが二十一世紀を通じての課題ではないか。
赤字ノイローゼに苦悩し、能率や効率を追い求めて競争に血道をあげるよりは
「少欲知足」に心の安住を見出したらどうだろう

二十世紀は資本主義が社会主義に勝利した時代といわれる。
だが、経済成長という名の護符を頼りにひた走れば、地球環境は破壊されてしまう。欲張らずに元気でいこう。