成人病の真実
近藤誠著/文藝春秋
インフルエンザワクチンを疑え から
インフルエンザワクチンは有効だが無用
管理人のコメント : 昨今、インフルエンザワクチンの接種を薦める風潮があり、メディアもこぞって推奨している。これらメディアに登場するしたり顔の医療ジャーナリストは薬屋の回し者と言うべきであろう。
曰く脳症による死亡は防がねばならない、曰くワクチンは改善された、曰くタイプの予測精度が上がったなどと云う。しかし実は何も変わってはいない。何とか接種率を高め、造った薬を売りさばきたい製薬会社を後押ししているだけなのだ。
ワクチン接種推進の理由に挙げられているインフルエンザ脳症は、実は薬害であり日本だけに発生しているものだ。他にも沢山例があるように、医療・薬が引き起こした病気を理由に別の薬を売りつけて、更に人々の健康を害しようとしている。それにワクチン接種はアトピー等のアレルギー発症の引き金にもなる。
インフルエンザの予防には、日頃の生活の中で呼吸器系を中心に強化して体力を付け、夜更かしなどの不摂生をしないことで十分だ。かかる時はかかる。自然感染すれば当分は免疫が防いでくれる。重症化の防止には、罹ったかなと感じたら早めに学校や会社を休むことだ。
そして脳症の予防はむやみに解熱剤を求めないこと、使って良い薬を医者がもっと勉強することにつきる。
分かるかな、医療ジャーナリストさん? この程度は勉強して、国民の立場に立って評論というものはすべきものだ! そうでなかったら医療産業の寄生虫と云われても仕方がない!
有用というデータがなくてもワクチンの勧奨接種や義務接種を決めてしまう、厚生省や専門家集団の発想法や態度は、様々な形で見受けられます。成人病、ガンの検診による患者発掘(実はねつ造)、ステロイドやエストロゲンの無節操な使用による重症化、出産における無意味有害な医療行為など、数え上げればきりがありません。この態度を許しているのは、実は患者・国民の不勉強も一因です。一度に全部は無理でも個別に撃破しましょう。
インフルエンザワクチン、NO!・・・・インフルエンザワクチンの有効・無効をどう判断するか。天然痘やポリオ(小児マヒ)では、一度接種すると発症を一生免れるので、別に調査しなくても天然痘やポリオ(小児マヒ)ワクチンの有効性は自明です。しかしインフルエンザは、予防接種を毎年うけていても発症することが少なくない。それゆえかなり計画的に調べないと、ワクチンの有効性を証明できません。
有効だが無用
インフルエンザワクチンの有効性を確かめるには、くじ引き試験が必要です。おおぜいのボランティアを集め、くじを引くようにして二群に分け、片方にはワクチンを打ち、他方には別のものを打ってみる調査法ですが、日本にはありません。
英国でのくじ引き試験
11歳から19歳の男子800名のうち、親の許しを得た者を二群に分け、片方にはA型ワクチンを、他方にはB型ワクチンを接種します
m少年にはA型、n少年にはB型というように決め、毎年それを打ったのです。親の許しを得られなかった非接種グループも存在する。インフルエンザウイルスの遺伝子は変異しやすく、毎年のように新たな亜種が登場します。この試験は七〇年秋に開始され、A型ワクチンの材料としてA香港型ウイルスを使っていたところ、七二年十二月に流行したのはAイングランド型という新顔でした。
ともかくインフルエンザ症状の発症率を調べると、
●ワクチン非接種群は 14.8%
●A型ワクチン群の発症率は 3.0%
で、非接種群の発症率と比べると、統計的に意味がある差でした。つまり発症を予防する力があるので、「有効」と判定します。
そして14.8%の発症率が、2.9%になったのは、割合にして8割ほど減ったということですから、「有効率が80%」と表現します。
またA香港型に対するワクチンなのに、Aイングランド型の発症が減ったのですから、A型のなかであれば別のタイプが流行しても、ワクチンは有効であるようです(「Lancet」2巻116頁・1973年)。ところが、その後も続行された試験から、意外な事実が判明しました。
まず74年春に生じたAポート型の流行では、
@以前にAイングランド型に自然感染していた子の発症はゼロなのに
AA型ワクチンをうけてきた子の発症率は高かったのです。
ワクチンが72年の流行時にインフルエンザ発症数を減らしたため、Aポート型に対する低抗力を獲得せずに終った子が増えたからでしょう。つまりワクチンが有効でインフルエンザを発症せずに終ると、十分な低抗力がつかないわけです。
つづいて76年春には、Aビクトリア型が流行しました。すると、
B以前Aポート型に自然感染した子の発症率は、やはりゼロ
C以前Aイングランド型に自然感染した子の発症率は2%
Dそれ以外の子の発症率は(A型ワクチンを打っていても)20%前後
にのぽりました。
全期間を通じてみると子どもらは、都合三タイプのA型ワクチンのうち、どれか一種だけをうけた、二種うけた、三種ともうけた、一度もうけなかった、という四グループに分かれますが、どのグループも、
E三回の流行をつうじての累積発症率が40〜50%の範囲におさまり、ワクチン歴による差がみられませんでした
・・・・「Lancet」1巻33頁・1979年
これが「有効であっても有用ではない」の意味です
(打ちつづけていても結局、累積発症率が同じになってしまうとすれば、有効とさえいえない、という考え方もありそうです)。
予防接種では、なぜ十分な低抗力がつかないのか。ワクチンが働くメカニズムと関係します。ワクチンの製法をみると、瞬化中の鶏卵にインフルエンザウイルスを注入し、ウイルスを増やします。卵からウイルスを回収し、不活化して(つまり殺す)、ウイルスタンパクを精製する。これがワクチンで、人体に注射すると、リンパ球などが反応して「抗体」を生産します。
インフルエンザウイルスの表面には無数のトゲがあり、これで人体の細胞に取りつき、細胞内に入ります。細胞内で数を増やし、細胞内から飛びでて別の(もっと多くの)細胞に取りつき侵入する、というサイクルを繰り返す。その結果、種々の症状が発症するわけです。ところが抗体が血中にあると、ウイルス粒子のトゲにまとわりついて、あたかもトゲに帽子をかぶせたようになり、ウイルスを無力化します。これが抗体の防止効果のメカニズムです。しかしワクチンで得られた低抗力(免疫力)は、自然感染の場合とは異なります。自然感染であれば、インフルエンザウイルスは鼻から侵入し、鼻奥の粘膜で増殖するので、「血中抗体」のほかに「粘膜抗体」もつくられる。こうして形成された免疫力は長つづきし、一度得た免疫力が30年たっても保持され、同タイプウイルスの新たな発症を防いだことが確認されています。これに対しワクチンでつくられた血中抗体は、なぜかどんどん目減りしてしまうので、一年もすると、かりにワクチンと同じタイプが流行しても、防止効果を期待できません。これが予防接種をする場合には、毎年打たなければならない理由の一つです
要するに、インフルエンザワクチンで打った年の発症率を下げることができます。しかし自然感染した場合と異なり、つぎの流行に対する免疫力を獲得することは難しい。ワクチン接種を何度も繰り返していくと、ワクチンのタイプを変えても累積発症率は非接種群と変わらなくなる。つまり長期の予防効果は期待できない。これでは有用ではないというより無用でしょう・・・
ヨーロッパの専門家グループは、成人にインフルェンザワクチンは有効であるが、「安全性と生活の質を加味した場合には、インフルエンザワクチンはあまりにも有効性が低く、局所反応の頻度が高い(注:副作用が多い)ので好ましくない」、「健康成人において最も費用対効果比の高いインフルエンザ対策は、どんな行動もとらないことだ」としています(「Vaccine」18巻957頁・2000年)。
防波堤理論が無内容であったことは、統計データで確認されました。
予防接種を勧奨接種にし、さらには義務接種にする根拠は薄弱でした。大人がインフルエンザに感染するのは、子どもが学校でウイルスをもらってくるからである。それゆえ学童にワクチンを打てば、大人社会での蔓延を防ぐことができるだろう、という「防波堤理論」ないし「社会防衝論」が最大の根拠だったのです。
前橋市で七九年に、学童の一人が予防接種をうけた日からテンカン発作を起こしたことがきっかけです。市が救済のための判定を厚生省に求めたところ、予防接種に起因するものではないとの回答があり、これを不満とした前橋市は独自の判断で救済措置をとるとともに、インフルエンザの予防接種をとりやめました。そして、前橋市医師会が、近隣地域(学校で予防接種をつづけている)での流行状況と、前橋市のそれとを比較しました。すると流行期における学童の欠席率や、地域での発症率などがワクチン接種の有無にかかわらず全然異なりませんでした(「ワクチン非接種地域におけるインフルエンザ流行状況」トヨタ財団助成研究報告書、一九八七年)・・・
この調査結果をみると、社会防衛論の見地だけではなく個人防衛の見地からも、予防接種は無効、無用としか結論できません。
こうしてワクチンが効かないことや、副作用の危険があることを人びとが知るようになり、予防接種をうける子どもの数はみるみる減少しました。そんななか予防接種被害集団訴訟において、国の行政責任を認める東京高裁の判決が九二年にだされ、予防接種法が九四年に改正され「任意接種」に戻されたのです。
それにしても驚くべきは、学童に義務接種を実施している国は日本だけであったことです。有用というデータがなくても、観念論だけでワクチンの勧奨接種や義務接種を決めてしまう、厚生省や専門家集団の発想法や態度は、その後あらたまったのでしょうか・・・