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や行         や   
 柳川 重信(初代)  天明7-天保3/閏11/28  1787-1833  東京都出身
 師 葛飾北斎
 文化10年頃、師の長女阿美代と結婚、養子となる(後に離縁)。
 曲亭馬琴の代表作となった大作「南総里見八犬伝」などの読本挿絵や肉筆美人画を描く。
 文政5年大坂に移住し摺物や錦絵ねり物図等を作画、上方絵師に影響を与え柳川派を広めた。
 姓は鈴木。通称は重兵衛。別号に雷斗など。
 矢野 橋村  明治23/9/8-昭和40/4/17  1890-1965  愛媛県出身
 師 永松春洋
 日本画家、矢野鉄山の叔父。日本南画院同人となり、大正13年私立大阪美術学校
 を創立。昭和36年「錦楓」で芸術院賞。39年日本南画院会長。日展審査員。
 吉川英治、長谷川伸の小説の挿絵でも知られる。
 本名は一智。晩年に用いた別号は知道人。
 矢野 鉄山  明治27/2/5-昭和50/3/31  1894-1975  愛媛県出身
 師 小室翠雲
 叔父、矢野橋村の市立大阪美術学校に入学。大正9年「春靄秋壑」で帝展初入選となり、
 その後も帝展入選を重ねる。また日本南画院展にも入選を重ね、南画院賞を受賞し同人
 となり、昭和4年「孤琴涓潔」、8年「荒涼」で帝展特選。
 11年春の改組帝展、秋の文展招待展に招待出品。12年乾坤社結成に参加。
 13年から新文展に無鑑査出品し、18年審査員。戦後は25年より日展依嘱。
 28年大阪府芸術賞受賞。日展審査員、会員となり、43年全日本水墨画協会を創立した。
 本名は民雄。別号に天癡、直幹子。
 矢野 夜潮  天明2-文政11/12/18  1782-1829  京都府出身
 師 山口素絢
 人物、花鳥画にすぐれた。名は正敏。字は仲観。通称は物集女。
 山岡 米華  慶応3/1/28-大正3/5/19  1867-1914  高知県出身
 師 名草逸峰 川村雨谷 長三洲(書)
 上京して裁判所書記となり、傍らに雨谷に師事。その後、官を辞して画業に専念し、
 久保井華珪、佐竹永邨等にも指導を受け、日本美術協会展、日本画会展で受賞を重ねる。
 日本南画会、日本美術協会委員をへて、明治39年松林桂月らと日本南宗画会を結成し
 幹事を務める。40年東京勧業博覧会に「秋山閑居」で一等賞牌、同年の日本美術協会展
 には「秋景山水」で二等賞銀牌受賞。翌41年第2回文展より審査員を務め、43年には横山
 大観、寺崎広業らと中国に遊学する等、活躍を重ねるが、大正3年甲府にて急逝。
 画集に「米華画譜」など。
 本名は尚樹。字は子敬。通称は幸太郎。別号に小董堂、嫩芳園など。
 山川 永雅  明治11-昭和22  1878-1947  東京都出身
 師 佐竹永湖 小堀鞆音
 明治31年安田靫彦らと紫紅会を結成、33年今村紫紅を迎え紅児会と改称して活躍。
 日本絵画協会・日本美術院との連合絵画共進会や、日本美術協会展などに入選・受賞を
 重ねて巽画会会員となる。
 40年東京勧業博覧会で「重成出陣」が褒状、同年文展で「舞人」が初入選。
 大正3年文展で「義平と垂盛」が入選、以後も文帝展に入選を重ね、昭和2年帝展委員。
 歴史人物画を得意とした。本名は峰次郎。
 山川 秀峰  明治31/4/3-昭和19/12/29  1898-1944  京都府出身
 師 鏑木清方 池上秀畝
 昭和3年、5年帝展特選。静謐な美人画を得意とし、伊東深水、寺島紫明と共に
 三羽烏と称された。47歳で惜しくも夭折、遺作は少ない。本名は嘉雄。
 山口 華楊  明治32/10/3-昭和59/3/16  1899-1984  京都府出身
 師 西村五雲
 大正-昭和時代に活躍した日本画壇の重鎮。京都市立絵画専門学校卒。
 日本画家、山口玲煕の弟。大正5年文展初入選。昭和2年、3年連続帝展特選。
 画塾晨鳥社主宰。30年日本芸術院賞。46年芸術院会員。55年文化功労者、
 56年文化勲章。京都の伝統的な写生画に立脚しながら、温雅なうちにも生命感に
 あふれる画境を確立。独自の近代的花鳥画、動物画を生み出した。本名は米次郎。
 山口 吉参郎  大正2-  1913-  東京都出身
 師 橋本明治 山口蓬春
 昭和33年、35年日展特選をはじめ、各賞受賞多数。元日展参与。
 確かな写生を基に、季節感溢れる風景、花鳥を滋味深い色彩で描く。
 東京美術学校卒。神奈川県在住、現在の号は吉参郎(昭和50年代より)。
 山口 蓬春  明治26/10/15-昭和46/5/31  1893-1971  北海道出身
 師 松岡映丘
 東京美術学校卒。新興大和絵運動に参加し、大正13年帝展初入選。
 15年「三熊野の那智の御山」で帝展特選となり、第2回帝国美術院賞受賞
 (作品は皇室買い上げ)。翌年も「緑庭」で連続特選。3年帝展推薦、以後無鑑査。
 4年帝展審査員。福田平八郎らと六潮会を結成し、定期展にも出品。
 10年新帝展参与(同年辞退)。
 また、師を盟主とする国画院創立に際し、同人として参加(同年脱退)。
 日展運営会理事、常任理事、常務理事を歴任。芸術院会員。40年文化勲章。
 後進の育成にも優れ、門下に浦田正夫、大山忠作、小栗潮、加倉井和夫、加藤東一、
 佐藤圀夫、松本榮ら現代日本画壇を代表する錚々たる諸大家を輩出。本名は三郎。
 「山口蓬春記念館」
 山口 玲熈  明治27/5/23-昭和54/2/1  1894-1979  京都府出身
 師 菊池芳文 契月
 日本画家、山口華楊の兄。大正元年「今朝の秋」で文展初入選、以後も官展を中心に
 活躍し、入選を重ねる。昭和7年帝展推薦。12年新文展無鑑査。戦後は日展に入選を
 重ね、昭和39年京都小御所の襖絵を制作。日展委嘱。紺綬褒章。鎌倉美術協会会長。
 可憐な花鳥画で知られる。本名は松之助。初号は松斎。
 山崎 豊  明治33/9/15-昭和56  1900-1981  京都府出身
 師 竹内栖鳳 川端龍子
 竹杖会に入塾し、大正8年帝展初入選。のちに東京に移り、昭和9年龍子に入門。
 13年青竜社社人。41年同社解散まで青竜社展に出品をかさねた。以降は無所属。
 別号に滴翠。
 山下 青  安政5-昭和17  1858-1942  静岡県出身
 師 渡辺小華
 渡辺崋山、椿椿山、中国画人の画を学び、明治20年皇居杉戸絵作成に携わる。
 明治28年内国勧業博覧会出品、大正5年青黒S幅画会開催。
 晩年は崋山作品の鑑定家としても知られる。東海絵画協会審査員。
 山下 竹斎  明治18/7/17-昭和48  1885-1973  京都府出身
 師 山元春挙
 明治44年文展で「漁歌」が初入選、以後も大正7年まで連続して入選を重ね、うち
 2年「驟雨」が三等賞、3年「山路の秋」が褒状、更に5年には「桃の里」が特選。
 13年帝展で「暮雪」が入選、昭和2年帝展委員。以後も帝展に毎回出品を行ない
 11年秋の文展招待展に「春日野」を招待出品。12年新文展無鑑査。
 春挙ゆずりの風景画を得意とした。本名は覚太郎。
 山田 耕雲  明治11/6/3-昭和31  1878-1956  京都府出身
 師 菊池芳文
 明治30年京都後素青年会に参加し、同会展や全国絵画共進会、内国勧業博覧会
 などで受賞を重ねる。41年文展初入選、42年より芳文の助手としてハーグ平和宮殿
 (オランダ)壁掛画の下絵制作に従事。大正2年より3年連続文展入選。以後も文帝展
 に入選を重ね、15年帝展委員。昭和18年新文展無鑑査となるが、翌年の戦時特別
 文展への出品を最後に、以後は官展出品をおこなわず画作を続けた。
 花鳥画に優れた作品が多く、代表作に「鴻」、「葡萄」、「玄鶴」など。本名は伊三郎。
 山田 秋坪  明治10/5-没年不詳  1877-19**  大分県出身
 師 姫島竹外
 南画家。中津藩士山田秋渓の子。花鳥画にすぐれ、大阪画壇で活躍。本名は益雄。
 山村 耕花  明治19/1/2-昭和17/1/25  1886-1942  東京都出身
 師 尾形月耕
 風俗人物画に新境地を開拓し、文展、院展で活躍。版画、舞台美術も手がけた。
 東京美術学校卒。本名は豊成。
 山元 桜月  明治20-昭和60  1887-1985  滋賀県出身
 師 山元春挙(叔父)
 大正3年文展初入選。翌4年褒状、その後も文帝展に毎回のように入選を重ねる。
 昭和元年第1回聖徳太子奉讃美術展にも入選、4年帝展推薦。春挙没後、48歳時より
 櫻月に改号。文帝展無鑑査。18年第6回新文展出品を最後に以後は官展出品を行わず、
 中央画壇から離れ終生のテ−マとなる富士山を描き続けた。本名は三郎。初号は春汀。
 山本 紅雲  明治29/11/16-平成5/6/19  1896-1993  兵庫県出身
 師 竹内栖鳳
 京都市立絵画専門学校卒。大正6年文展で「川辺」が初入選となり、8年からの帝展にも
 ほぼ毎回入選を重ねる。昭和5年聖徳太子奉讃美術展に「山裾の池」を無鑑査出品。
 8年帝展推薦。11年秋の文展招待展に「赤陽」を招待出品、12年からの新文展には
 無鑑査出品を重ねた。戦後は日展で入選を重ね、27年日展依嘱。51年日展会友。
 京都市文化功労者。紺綬褒章、勲四等瑞宝章受章。
 花鳥・風景画にひいで、表千家即中斎との親交や、晩年の古美術品蒐集でも知られる。
 旧姓は岡田、本名は利三郎。
 山元 春挙  明治4/11/24-昭和8/7/12  1872-1933  滋賀県出身
 師 野村文挙 森寛斎
 円山派をまなび、近代的な風景画に秀作をのこす。文展審査員、京都市立絵画
 専門学校(現京都市立芸大)教授をつとめ、大正8年帝国美術院会員。
 同攻会(後の早苗会)主宰。本名は金右衛門。別号に円融斎、一徹居士。
 山本 倉丘  明治26/10/12-平成5/9/5  1893-1993  高知県出身
 師 山元春挙 堂本印象
 京都市立絵画専門学校卒。春挙の没後、義兄印象について画業に励む。
 帝展、日展を中心に活躍し、昭和11年池田遙邨、上村松篁らと共に水明会を結成。
 昭和41年芸術院賞。49年勲四等旭日章受章。日展参事。
 現代的な花鳥画に独自の画風を確立した。本名は伝三郎。
 山本 大慈  明治40-昭和62/6/6  1907-1987  福井県出身
 師 北野恒富 小林古径
 日本美術院特待。奨励賞受賞。政府買上。独特の世界観をもつ華麗な花鳥画を
 描いた。本名は儀一。
 山本 梅逸  天明3/10/20-安政3/1/2  1783-1856  愛知県出身
 師 山田宮常 張月樵 神谷天遊
 中林竹洞とともに京都にでて、豪商神谷天遊の宅で画業に励む。
 花鳥画にすぐれ、晩年は帰郷して名古屋藩絵師格となった。
 竹洞とともに近世南画界を代表する巨匠。
 名は親亮。字は明卿。初号は春園。別号に玉禅、梅華など。
 結城 素明  明治8/12/10-昭和32/3/24  1875-1957  東京都出身
 師 川端玉章
 平福百穂らと无声会を結成。 日本画に洋画の写実をとりいれ、文展などで受賞。
 大正2年から母校東京美術学校(現東京芸大)の教授。14年帝国美術院会員。
 門下に東山魁夷らがいる。旧姓は森田。本名は貞松。
 横尾芳月  明治30/1/9-平成2/2/3  1897-1990  福岡県出身
 師 西村草文 池田輝方 蔦谷龍岬 伊東深水
 大正6年上京、15年帝展に「和蘭陀土産」が初入選し、以後も昭和6年まで連続入選
 を重ねる。14年青衿会結成に参加、委員を務める。17、18年新文展連続入選。
 25年日月社結成にも委員として参加。以後も日展、新日展に入選を重ねたが、
 41年の新日展出品を最後に公募展から離れ、個展や千葉県美術展を中心に活躍。
 56年千葉市教育功労賞。千虹会代表。本名は徳次郎。
 横山 華山  天明4-天保8/3/17  1784-1837  京都府出身
 師 岸駒 松村呉春
 後年四条派に転じ一家をなす。人物、風俗画に秀でた。本名は一章。字は舜朗。
 横山 清暉  寛政4-元治元/9/2  1792-1864  京都府出身
 師 松村景文
 岸連山、塩川文麟、中島来章と共に平安四名家の一人。新町四条北に住し、
 寛政4年から幕末まで毎年京の料亭などで春秋に開かれていた日本初の定期
 展覧会「東山春秋展」を実質的に運営(同展覧会は清暉の没後解散となり70年の
 歴史の幕を閉じる)。安政禁裏御造営に際しては執筆の栄を荷い、絵筆を揮う等、
 京都画壇の中心にあって活躍。花鳥に長じ、山水人物画にもひいでた。
 字は成文、奇文。通称ははじめ詳介、のちに主馬。別号に霞城、五岳。
 吉岡 堅二  明治39/10/27-平成2/7/15  1906-1990  東京都出身
 師 野田九浦
 大正15年帝展初入選。以後も帝展入選を重ね、昭和5年「奈良の鹿」、8年「小憩」
 で帝展特選。9年帝展推薦となり、11年秋の文展招待展に招待出品。新文展にも
 無鑑査出品を重ねる。13年新美術人協会を結成し、定期展に出品。
 15年法隆寺金堂壁画模写に従事。23年上村松篁、山本丘人らと創造美術
 (現創画会)を結成、日本画の革新運動を展開した。以後は同展に出品を重ね、
 毎日美術賞、芸能選奨文部大臣賞を受賞。46年日本芸術院賞。
 東京芸術大学名誉教授。井伏鱒二の著書装幀でも知られる。
 吉田 秋光  明治20/4/5-昭和21/6/21  1887-1946  石川県出身
 師 松岡映丘
 大正6年文展初入選、翌年も入選。以後も帝展に古典文学を題材とした作品で入選を
 重ね、11年「秋のけはひ」が特選。昭和2年帝展委員。10年映丘を盟主とした国画院に
 同人として参加。11年文展委員として招待展に「初秋」を出品。13年伊東深水らと日本
 画院を結成、同年より新文展に無鑑査出品を重ね、戦後の21年春の第1回日展にも
 「松林」を無鑑査出品したが、疎開先の山梨県中巨摩郡で没した。
 東京美術学校卒。本名は清二。
 吉田 鋤牛  明治35-昭和50  1902-1975  京都府出身
 師 西山翠嶂
 京都美術工芸学校から同絵画専門学校に進学。
 師の画塾「青甲社」に入り、文帝展で入選を重ねる。戦後は岐阜県に住した。
 日展委員。本名は彦四郎。
 吉村 孝敬  明和6-天保7/7/16  1769-1836  京都府出身
 師 吉村蘭洲 円山応挙
 吉村蘭洲の長男。花鳥、人物画にすぐれ、応挙門十哲のひとり。
 西本願寺19世門主本如上人に仕えた西本願寺の絵師。作品は同寺に集中して
 所蔵されている為、一般の流通は希少。名は孝敬。字は無違。号は蘭陵、竜泉。
 吉村 鳳柳  明治7/2-昭和2*  1873-195*  大阪府出身
 師 森二鳳
 狸、虎、猿、鹿等を最も得意とした動物写生画における代表的大家。本名は久吉。
ら行          ら  
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わ行           わ 
 若狭 物外  明治20-昭和32  1887-1957  秋田県出身
 師 寺崎広業 王一亭
 南画家。号は物外、成業。
 渡辺 玄対  寛延2-文政5/4/4  1749-1822  東京都出身
 師 中山高陽
 渡辺湊水の養子。高雅な山水、花鳥画を得意とした。門人に谷文晁、鈴木芙蓉など。
 本姓は内田。本名は瑛。字は廷輝。通称は又蔵。別号に松堂、林麓草堂。
 渡辺 公観  明治11-昭和17  1878-1942  滋賀県出身
 師 森川曾文
 日本自由画壇同人。本名は耕平。
 渡辺 省亭  嘉永4/12/27-大正7/4/2  1852-1918  東京都出身
 師 菊池容斎
 明治11年パリ万博に出品して銅牌を、16年アムステルダム万博で銀牌を受賞。
 20年皇居造営に際し、綴織の天井飾、紅葉蔦の下絵を制作。
 37年セントルイス万博で金牌を受賞。洋風を加味した独自の花鳥画を得意とし、
 挿絵や木版画も手がけた。旧姓は吉川。本名は義復。通称は良助、政吉。
 渡辺 広輝  安永7-天保9  1778-1838  徳島県出身
 師 住吉内記広行
 渡辺尚輝の父。阿波徳島藩御用絵師。狩野派が主流であった徳島藩御用絵師
 は広輝以後住吉派が大勢を占めるようになった。
 門人に佐香貫古、鈴江貫中、守住貫魚があり、広輝門の三傑と称された。
 通称は八百司。号は士清。
作者無し            他
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