原州バプテスト教会訪問記
2002年9月13-15日 水戸バプテスト教会原州派遣チーム
これは水戸バプテスト教会の原州バプテスト教会派遣チームが訪韓した際の記録です。
また、最後にチームをホームスティさせてくれた安さんのご主人イム・ウォンゼさんが
原州教会報に寄せた感想文を掲載してあります。
1.原州バプテスト教会訪問の意義
牧師 原田 寛
主イエス・キリストの聖名を讃美いたします。
2002年9月13日(金)〜15日(日)、木村兄姉ご夫妻、佐藤姉、小貫姉と通訳の労をとってくださった朴姉を、韓国・原州(ウォンジュ)バプテスト教会に派遣してくださいましたことを心から感謝致します。
この度の訪問は、6月にBody・Worshipチームを派遣してくださった原州バプテスト教会へのお礼と牧師夫人である崔新貞姉を始め12名の姉妹たちを派遣してくれた教会に学ぶことを目的としてまいりました。所期の目的を果たして帰国することができたのではないかと思います。
当初私の中にひとつの先入観的なものがあったことは否めません。
それは、私が個人的にふれてきた韓国教会は、登録者が数千人から1万人を優に超える教会ばかりでしたので、Body・Worshipチームのリーダーの指導力やチームのまとまりなどを考えて、原州バプテスト教会は、大きな教会だろうと思っていました。チームのメンバーすべてが、原州教会のメンバーではないと聞いていましたが、その中のひとりのメンバーが通う教会が原州で最も大きい登録者3000人を超える教会であることは分かりました。そして、私たちがこの度訪問した原州バプテスト教会は、登録者250名の教会でした。
原州バプテスト教会の牧師は、金先生です。すばらしいバイタリティあふれる牧師です。
原州バプテスト教会は、水戸バプテスト教会と同じように約50年の歴史があるそうです。そして、金牧師は、私と同様、着任して5年目になると聞きました。原州はソウルから約2時間の距離。水戸も東京に約1時間半の距離です。色々な点で似通っていると思います。原州バプテスト教会は、現在、新会堂建築に取り掛かっています。500名収容の礼拝堂と教育館。牧師がスポーツを好んでいることが教会に受け入れられていて、韓国の教会としてはとてもめずらしく体育館も敷地内に建築するということです。
詳細な報告については、木村兄のレポートや旅行参加者の感想文に譲るとして、金牧師や原州教会の役員、崔牧師夫人やBody・Worshipチームの方たちと歓談する中で、「姉妹教会として歩みませんか」という要請の言葉がありました。原州バプテスト教会はこれから成長する教会のひとつだと見てよいと思います。そのような教会の提案を、私たちはよく検討することが大切です。私は、神様によって出会わせていただいた原州バプテスト教会との連携を宣教の拡大という共通テーマのもとで深めていくことが、ひとつの歩みとして与えられているのではないかと思っています。
2.訪問活動の概要
原州バプテスト教会訪問のスケジュールに沿って概要を報告します。
(1)金曜祈祷会、安さん宅ホームスティ (9月13日・金)
@金曜祈祷会
仁川(インチョン)国際空港到着ロビーには、安さん、金さん、そして若い伝道師の先生が出迎えに来てくれていました。「水戸バプテスト教会 心から歓迎します」と書いた紙を持って。私達は彼女達を見つけて歓声をあげました。
空港から高速道路に乗って3時間、東南東の方向に車を進めると原州に着きます。原州市は江原道の中心都市で人口28万人程、軍隊の師団(連隊)が置かれていた都市だそうです。首都ソウルからの距離や、気候、自然環境などを総合すると、日本では福島県あたりに相当するのではと感じました。
途中高速道路のパーキングで夕食をとったため、金曜夜10時からの祈祷会には少し遅れて参加しました。参加者は数十人と見受けられました。日曜礼拝には、第1礼拝に100人、第二礼拝に150人程度の出席と聞きましたから、祈祷会の参加者数は相当のものです。金牧師の司式で、賛美と聖書、そして祈りをします。青年達がステージで賛美歌をリードしています。活発な賛美と精力的な牧師のお話が印象的です。
さて原州バプテスト教会は市内の商業・業務・住宅混在地域にあります。市内でごく普通の片道2車線道路に面しており、通行量は比較的多いと感じました。
祈祷会が終わって牧師室で正式にご挨拶をしました。お茶や果物を女性達が用意してくれます。そして懐かしいボディワーシップチームの人たちが牧師室に次々に入ってきます。あの懐かしい顔がそこにありました。本当に嬉しい夜でした。

A安さん宅のホームスティ
安さんは、実業家のご主人と二人暮らし。子供がなく、また昨年3LDKマンションを買ったので、ホームスティを積極的に引き受けています。ホームスティは自分の奉仕と位置づけています。
深夜に到着した私達がもう寝ようとしている頃、ご主人は夜中の1時、2時まで教会の誰かと連絡を取り合っていました。昼夜を分かたず活動を進める姿勢に、物凄い気迫を感じました。
14日朝、私達がいては食事の準備まで手が回りません。安さんは朝食のご飯だけを自宅で炊き、おかずはご主人が別の姉妹の家に取りに行ってくれました。そのうち金牧師と兪姉妹が来てくれて一緒の朝ご飯(写真)。
安さん夫妻は、昼夜を分かたず自ら教会の活動を進めている極めて強固な働き人です。このような信者が何人もいてこの教会が24時間神様の働きを続けているようです。この安さん夫妻は、牧師の信任も篤い方だと分りました。
それから安さんのご主人は、これから着手する新会堂の建築委員長を引き受けておられるようです。
(2)敬老奉仕、忠州訪問 (9月14日・土)
@朝の金牧師との意見交換
朝ご飯の後、昼近くまで金牧師から教会の概要とその活動についての説明を直接していただきました。朴さんが付きっきりで通訳をしてくれました。
金牧師は、江原道の隣、忠清北道の忠州で開拓伝道を始め、教会を形成してきました。現在の原州バプテスト教会に移って4年。それまでは問題が多く、経済的にも大変だった原州バプテスト教会を現在のように生きいきした教会に作り変えてきました。現在、第1・第2礼拝合計で250人の出席です。伝道師は2人です。今年10月からは教会堂の新築工事が始まります。
まず教会の伝道についてですが、ビラの配布などは効果がなく、実際やれない状況になっているといっています。中心は教会員が友達・家族を誘う事です。そして新しい人が教会に来て、皆に溶け込めるよう、十分な勉強をするようにしているとの事です。
この教会は、その諸活動がとても生きいきしていて、また膨大な活動を行っていると思われます。牧師の就任以後、こうした活動を円滑に回せるような教会組織が確立されてきた、と思われます。随所に金牧師のしっかりしたリーダーシップを窺うことが出来ます。しかしそれは、ワンマン経営を意味するのではなく、牧師の明確な指導理念提示と、それを理解し、各自の立場でそれを具体化していく教会員や役員の層がしっかりと存在していると言う事だと感じました。
また考え方、教会運営の方法はとても柔軟だと思いました。たとえば、金牧師は若い人が教会に来たくないと言う理由を調べ、そうした違和感を取り除こうと、礼拝の形を変えていきました。より具体的な説教、献金は礼拝の中ではしないこと、など。従来のやり方にこだわらず、必要と思った施策は柔軟に取り入れているようです。
A敬老奉仕
教会は月に一度、土曜日の昼にお年寄りを招いて昼食をサービスしています。教会のバスで迎えに行ったりもします。同時に、2人の理容師さんが散髪のサービスをしています。この敬老奉仕の集まりに、100人を超える人たちが集まり、みな結構楽しそうです。私たちも一緒にご馳走になりました・・・。
しかしこの場では教会の宣伝はしません。教会員には伝道してやるぞと言う気負いもなく、お年寄りの方も結構のびのび昼食を楽しんでいます。このサービスは教会が地域に受け入れられていくことが目的です。昼食サービスはみなが楽しめる場として、地域に定着して来たということです。
(写真:気軽な食事、気軽な雰囲気)
B忠州訪問 牧師のお姉さんの金さんを訪問
お年寄りの間に座ってちょっとだけ御馳走になった私達を乗せ、伝道師先生の運転するバスは金牧師が開拓伝道で教会を作り上げた隣の忠清北道の忠州市へ向かいました。原州から田舎道を通り、一時間ほどの道のりです。
忠州は自然の美しい所。りんごの実がたわわに実った街路樹。またバスから眺める田んぼ等の景色は日本と全く同じです。8月末の台風の際、朝鮮半島東部の山脈がこの地域を守ってくれたお陰で、ほとんど被害がなかったそうです。
昼食というには遅い時間になりましたが、忠州の金姉妹のレストランに着きました。郊外の幹線道路沿いのドライブイン、と言う感じですが、内部はとても立派なレストランです。ご商売が順調なことが窺えました。そしてそこには金さんの美しい笑顔がありました。立派な校長先生である金さんのご主人も今日は一緒です。案内された私達はテーブルに並べられた御馳走にもうびっくり。30種以上の料理がテーブルいっぱいに並び、更に鍋、ご飯とスープ・・・。私達はこの日韓国で一番幸せな旅行者になりました。
食事の後、金さんのレストランから近い「ムンギョン峠」にある、高麗時代の王様物語りのTVドラマで使ったセットを見学に行きました。そしてこのあたりまで豊臣秀吉の軍勢が侵略してきた、ということが話されていました。韓国では、豊臣秀吉は悪い人、徳川家康は良い人、と言うイメージで語られているようです。朝鮮通信使のような友好的な接触の仕方もあったはずなのに、と今さらながら思わされます。
さて、再び原州に戻ってきた時には通常の夕食時を過ぎていましたが、金情順さんの経営する日本料理店「たびたび」に招待していただきました。とても立派なお店でびっくり。「ここは接待で毎週使っている」と別の金さんのご主人。接待に使われるほどきれいで洗練されたお店です。お金持ちなんだと思いましたが、でもこうなる以前はどん底の時期もありましたとのこと。今の成功の成果を神様のために使っている金姉妹です。
二日目も水安保温泉ではなく、安姉妹の家にゆっくりと泊まりました。安さんの家を拠点にしたほうが活動が楽でしょう、と言ってくれました。ご自分は居間の床に寝て私達に尽くしてくださったのです。
(3)早朝祈祷会、第二礼拝 (9月15日・日)
@早朝祈祷会
朝5時からの祈祷会は体調の良い希望者だけが参加しました。
当日の朝、結局安さんのご主人に起こされて慌てて準備する私。このような生活をずっと続けているのは、参加することが楽しい事、嬉しい事と思えるからなのでしょう。単なる習慣では続かないと思いました。
定刻の10分前には教会に到着。この時点では40人に満たない人数でしたが、最終的には50人近い人たちが集まりました。牧師の進行で、30分ほど賛美と聖書。その後、自分の席で各自が祈って、それぞれに帰っていきます。「祈りの糸」を掴めた時にはずっと祈るけど、そうでないときも多い、と安さんのご主人は言っています。意味は通じない表現だけど、何となく気持ちは分る・・・。
A第2礼拝 原田牧師説教
安さんの家で最後の食事をして、11時の第2礼拝に参加。
教会前の花壇はピンクの花が美しい。20台位しか入らない教会の駐車場は、もう半分以上埋まっている。誘導灯(棒の形をした)をもって男性の信者が「庭兼駐車場」警備係を務めている。ここが彼の奉仕の場所だと言う事がわかる。
それから余談ですが、礼拝後使った庭の隅に建つトイレは、物凄くきれいで使うのが申し訳ないような状態。通常庭から持ち込まれるはずの砂などもほとんど落ちていない。ここでいつも清掃奉仕をしている信者がいるという事が分る。
教会玄関では、美しいハンボク(韓服)を着た女性が、週報を手渡し、来会者に挨拶している。このハンボがこの国の伝統であり、正装であり、人々の気持ちに訴えるものなのだから、このように装って出迎えているのだろうと思いました(写真)。
時間を過ぎて礼拝にくる人は安さんたち会場係が空いた席に誘導します。というのは4人がけの椅子はもうほとんど空きがないからです。奉仕者は立ったままであり、別室で食事の用意をしている人もいるでしょうし、そんな人も含んで総勢150人程度の出席だと思いました。
礼拝堂の正面には「水戸バプテスト教会 原田牧師一行歓迎します」と横断幕。駐車場入口のアーチにも同じ横断幕が掲げてありました。原田牧師と通訳の朴姉は説教者席に。礼拝中に私達も特別賛美「主われを愛す」を日本語、韓国語で歌いました。みんな一緒に歌ってくれました。
この日も、礼拝の中でボディワーシップダンスがありました。初めはハンサムな金さんのご主人など、はじめて見た男性のワーシップダンス。次は牧師夫人ともう一人の姉妹によるダンス。きりっとした男性チームのダンスと、しなやかで優雅な女性コンビのダンスという組み合わせでとても印象的でした。
礼拝はずーっとこのようなダンスや賛美が続き、原田牧師の説教は11時40分過ぎになってから。時間が、と気を揉みました。
牧師は日韓関係のこと、かつての日本統治のことから説教を始めましたが、ここの部分では、皆押し黙って聞いていました。私には重い雰囲気と思われました。そして、説教の後半の貧しいやもめの献金の部分では、みんな「アーメン」「アーメン」と言いながら、説教に応えてくれました。原田牧師の説教を通し、訪問の目的を明確に伝えられたと思います。

B私が見た3つの献身・・・最後に
礼拝後はどの教会でも同じ。そう楽しい「食事」です。牧師夫妻の前の席で昼食をいただきました。
キムチに強くない私はここでもまた(その辛さに)涙を流して食べ続けました。ここで作る日曜の昼食は約200人分と聞きましたが、第二礼拝は150人位のはずです。それはとにかく、実はそれを一人の姉妹が作っています。ただ一人で。これは命がけの奉仕といえないでしょうか。みんな彼女を誇りに思っています。
昼食の後、牧師室でお別れの挨拶。
たくさんのお土産を何人もの人たちが次々に渡してくれました。持ち切れないほどです。でもお土産よりも、この人たちともっと一緒にいたかった、と思いました。それほど暖かい人たちだったのです。しかし空港でチェックインする時間が迫っています。2時過ぎになってやっと祈って送り出していただきました。
渋滞を避けるために、高速道路に乗ったり一般道路を使ったりしてバスは仁川に進んでいきました。
ところで、3日間通訳兼ガイドとして活躍してくれた朴さんは疲れきっているはずなのに、バスの中で寝ようとしません。ようやく訪問できた生まれ故郷の江原道・原州を「よく見ておきたい」と言って、窓の外に流れる景色を見つめています。唯一このときが、朴さんが自分のために使った時間だったのではないかと思いました。「ただいま」と言って原州に帰ってきたものの、滞在時間を全部私たちのために使ってくれたのです。
昨日も、原州に住む朴さんの叔父さんが教会まで会いに来てくれたのです。でも彼女は叔父さんと少しの時間話しただけ。このように皆のために尽くしてくれた朴さんに、どうか神様ご自身が褒美を用意してくれますように。
帰路はもう一人の若い伝道師先生が運転手です。小さい赤ちゃんのいる伝道師先生は実家がソウルなので、空港へ送った帰りは奥様、赤ちゃんと実家に寄ってくるのだそうです。このあたりの地理に詳しい伝道師先生は、私達が全然ソウルを見ないで帰ってしまっては可愛そう、と言いつつ、市街地が良く見える漢江(ソウルを南北に分ける大きな川)沿いの高速道路を選んで走り、私達に観光案内をしてくれました。
ところで原州教会はまさに会堂新築に取り掛かるところなのですが、ある伝道者はそのために日本円で何百万円というそれまで蓄えてきた貯金を全部ささげてしまったと聞きました。もちろん匿名で・・・。退路を断って神様にしか頼らない、と決心したのでしょう。
「どうしているのですか」という朴さんの問いに「神様が食べさせてくれるから」と答えていたそうです。確かにこれは美談ですが、私達は別にその真似をしなくても良いと思います。日本とは事情が違います。しかし彼の信仰はそのまま見習う事が必要ではないかと感じました。これも命がけの献身だなと思いました。
韓国というのは、飛行機が仁川国際空港を離陸したと思うと2時間も経たないうちに成田に降りてしまう距離です。もっとゆっくりと嬉しかった思い出を反芻していたい、心の中に大切な思い出を畳んで仕舞う時間が欲しいと思っても、キムチ味の機内食を楽しんでいるうちにフライトは終わりです。
原州バプテスト教会の金先生、皆さん カムサハムニダ アンニョンヒケセヨ
ホームスティによる革命 原州バプテスト教会 イム ウォンゼ 兄
日本から原田牧師一行が来られるということで、私の心にはちょっとした興奮が沸き起こりました。加えて我が家に2泊するということになり、更に興奮が強まりました。それは、ずっと和することなく対立してきた相手と一緒の家で過ごすということから来る興奮でした。
一方では、どうしたら彼らが楽しく過ごせるか、そして喜んでもらえるか。そんな現実的な課題もいっぱい抱えて彼らを待っていました。
しかしそうは言っても、他方では私の心の中には民族感情がしこりのように居座っており、意識して日本を嫌っている自分がありました。かつて日本は、36年もの間我が国を踏みにじり、今なお韓国に好意的に接することなく、私たちに門を閉ざしている。それが私の怒る理由です。今の日本政府の対応を見ていると、昔の侍のように腹を切って詫びるような礼儀・人情とは大きくかけ離れていると感じます。
しかしとりあえず、「我々は主にある兄弟として、神様の名のもとにお互い励まし合う。そのような出会いにしなければならない。」と考え、さしあたり余計なことは考えず、心を開いて事に当たっていけるように、このまたとない出会いのチャンスを逃してしまわないよう神様に願っていきました。
その日がやってきて、私は原田牧師に心を動かされました。彼は、周囲の社会的な状況にかかわりなく、主だけを見上げて、野の花のような香りを放つ純粋さを保っていることに驚かされました。日本人の中にこんなに真実で誠実な方がいらっしゃるとは・・・・。信仰に基づく人格を持っているというのは、原田牧師のような方かと思いました。私の心の中では原田牧師による大革命が起きたのです。
そして、主日礼拝のメッセージの中で、はっきりとした口調で日本が韓国に犯した罪を認め、許しを願いました。それを聞いて私は涙が止まりませんでした。日本に対する私の敵対感情は一瞬のうちに崩れ去りました。敵対感情が吹き飛んだ心の中には、大きな穴だけが残ったようでした。そして神様への感謝の祈りが途切れることなく湧き上がって来ました。
「主よ、感謝します。」今まで硬い石のようなものを抱えていた私の心を癒してくださり本当に感謝します。我々を主の御名によって祝福してください。
(原州教会会報より / 訳 Rosepark & wanchan&ミカル)