宮入慶之助記念館
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山梨県は、日本住血吸虫病の流行地として知られていました。この地方では、「地方病」と呼んで古くから恐れられ、地方病の流行地に嫁に行くときは、死を覚悟したとまで言い伝えられる程、悲惨な状況でした。この病気が日本住血吸虫によるものであると証明されるまでには、山梨県の先人達が重要な役割を果たしました。 1996年2月、地方病撲滅対策促進委員会(会長=刑部源太郎 県医師会長)は、当時日本国内では、山梨県だけに残っていた、日本住血吸虫病について、「地方病の流行は終息し、安全と考えられる。」という報告書を天野県知事に提出しました。山梨県はこれを受けて「山梨県の地方病の流行は終息した。」と、「流行終息宣言」をしました。 住民を苦しめてきた地方病の対策に乗り出したのが、明治14年だったことからすると、対策115年を経てやっと「流行終息宣言」にこぎ着けたことになります。 |
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山梨県の場合の終息宣言は、日本住血吸虫の中間宿主、ミヤイリガイは、棲息しています。(安全宣言ではない。) ・新たな発症者が、1979年から発生していないこと。 ・感染したミヤイリガイが発見されていないこと。 などが終息宣言の根拠です。 最近(2000年9月)、筆者が旧流行地(旭町付近)に調査に行った際に撮影したのが左の写真です。右上にイナゴが写っています。大きさはこれと比較してください。田圃の水が引きつつあるコンクリート堰の表面に、褐色で小さな米粒様の小巻き貝(=ミヤイリガイ)が結構沢山確認出来ました。 近くで稲の刈り入れをしていた老夫婦は、「安全宣言はでているけど、やっぱりちょっと不安だはな〜。」とおっしゃってました。 |
![]() 日本住血吸虫症診療マニュアル |
ミヤイリガイは、たとえ沢山棲息していても、感染貝でないかぎり安全です。 |