吉野とさくら

万葉集には桜を詠んだ歌が43首あるそうですが、吉野を特定したものは一首もなく、吉野の桜が登場するのは10世紀初頭の「古今和歌集」が始めで、その頃から吉野は花の名所として有名になり始めたといわれます。(「奈良の街道筋」青山茂著による)万葉の時代の吉野の魅力は桜ではなく、山や川などの自然そのもの(あるいは丹砂など鉱物資源か)だったようで、万葉集には吉野を歌った歌が88首(吉野の郷土史家・桐井雅行氏)もあるといいます。

また、吉野をこよなく愛した北面の武士、佐藤義清(西行)は吉野の桜を詠んだ歌を多く残しています。

 

花を見し昔の心あらためて吉野の里に住まんとど思う

吉野山やがて出でじと思う身を花散りなばと人や待つらん

思いやる心や花にゆかざらん霞こめたるみ吉野の山

吉野山こずえの花を見し日より心は身にもそはずなりき

あくがるる心はさてもやまざくら散りなんのちや身にかへるべき

やま人よ吉野の奥にしるべせよ花もたづねんまた思いあり

吉野山うれしかりけるしるべかなさらでは奥の花をみましや

 

丹生川と桜(西吉野十日市)

古代史の中の吉野