対馬つしま(長崎県上県郡・下県郡)
人口約42000人 面積697.1平方キロ
大陸と日本を結ぶ歴史を秘めた、山並の続く島


波荒い日本海に静かに横たわる対馬は、九州から海路100キロ余り、朝鮮半島へは約40キロ、島の南北の長さが約70キロの国境の島です。日本と大陸の海の道の3分の1の距離を陸地とし供する対馬は、古くから日本と大陸をつなぐ要衝として重要な位置を占めてきました。古代は大陸文化を日本に伝え、7世紀には防人が配置され、文永の役・弘安の役では多くの島人が蒙古の刀に倒れ、鎖国時代は朝鮮通信使の玄関口として、明治から太平洋戦争までは全島が要塞地帯となり、立ち入りの自由が制限されていたそうです。
「魏志倭人伝」では3世紀の対馬を、「土地は山険しく、深林多く、道路は禽鹿(きんろく)の経(こみち)のごとし。千余戸あり。良田無く、海物を食(くら)つて自活し、船に乗りて南北に市てきす。」と書かれ、古来人々の暮らしは、海に依拠してきました。
現在、人口の減少がすすんでいますが、豊かな日本海の漁獲や、近年活性化してきた椎茸栽培、国境の島の地の利を生かした韓国との交流などに力が注がれています。また、古来変わらず国境の要衝であり、古代の防人が現代では海上自衛隊や海上保安庁にかわり、レーダー基地など様々な施設、陸海の警備隊が配置されています。

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