障害の「受容過程」について 

本田哲三、南雲直二


199203 総合リハビリテーション20巻3号 pp195〜200

■  問題意識と目的
 わが国では、障害の「受容過程」が臨床場面で広く用いられている。が、その意味している概念は必ずしも明確ではなく、単にその中の一段階にあてはめるだけでは対応困難なケースも少なくない。そこでまず、障害受容と「段階理論」を中心に、欧米とわが国での研究の流れを検討した上でさまざまな概念の整理を試みる。本論文の目的は、このような作業を通じてわが国の土壌に育まれたリハビリテーション心理学創出の契機となること

■ 研究史
欧米における研究
第二世界大戦〜1940年代
・世界大戦後、障害者が多数発生。
・Guttmann:戦傷後の背損者の経験から、受傷後にショックや反応性うつ状態が生じやすく、それに対する配慮と対応の重要性を指摘。
・Michaels:戦傷障害者では身体障害への反応に加えて神経症的要因が大きい。
→ これら心理的問題に対して、力動精神医学の立場から精神分析医による対応が検討。
 ・Knudson:身体訓練が戦争神経症患者のリハビリテーションに重要、理学療法士は精神面への対応が教育されていることが望ましい
 ・Goldberger&Goldberger:リハビリテーション専門家は身体障害後の心理的障害や心身症を扱えるように簡易精神療法を身につけるべき
○リハビリテーション分野への心理的側面への関心の高まり
○対象は大戦後の精神的後遺症だったのではないか?


1950〜1960年代「障害受容」理論の提唱
Grayson:障害受容の重要性を最初に主張
→ ・障害受容を、身体、心理、社会の3つの側面から複合的にとらえるべき 
  ・2つの過程の強調:
   ○外からの現実の圧力(障害者に対する社会の否定的態度)
    → 自分自身を社会に統合により克服
   ○内からの圧力(自我が障害された身体像(body image)を再構成しようとする苦痛にみちた無意識の欲求)
    → 身体像の再構成により克服
   それぞれの圧力に打ち克つ必要

Wright:価値変換論(切断者の心理変化として価値変換が重要であるとしたDemoboの考えを障害者一般に拡張、さらに価値変換を追加)
受容にいたるための4つの価値変換
enlarging the scope of value :価値範囲を拡張する(他にも価値があり、失った価値にとらわれない)
subordinating physique:身体的外見を従属させること(身体的外見や能力よりも人格的な価値の方が大切である)
transforming comparative value into asset values:相対的価値を資産価値にかえること(人と比べないで、 自分の価値と考えること)
containing disability effects:障害に起因するさまざまな波及効果を抑制すること

1960〜1970年代「段階理論」の興隆と行動理論の導入
従来の心理的立ち直り過程に段階を仮定す立場に加えて、リハビリテーションを障害者の学習過程とみなす観点から行動理論が導入

段階理論2種(背景とする理論の違いから)
1 障害を喪失ととらえ、その後の反応を心理的な回復過程とする
 ・死別後の「悲嘆の仕事」と呼ばれる回復過程と手本。

 ・死別後の悲嘆(mourning)と対比させてメランコリー(うつ病)を論じたFreudに端

Cohn(1960):最初の段階理論
  1 shockショック(これは私ではない)
  2 expectancy of recovery回復への期待(私は病気だ、すぐに治る)
  3 mourning 悲嘆(すべてが失われた)
  4 defense防衛 a(健康的:障害をものともせずにやっていこう)
           b(神経症的:障害の影響を否定するために防衛機制を多用する)
  5 adaptation 適応(違っているだけで悪くはない)


2 障害を1つの危機ととらえ、それに対処(coping)する過程に力点
Fink:ストレス学説の影響で対処(coping)に重き、脊損後の段階理論ではFink説が踏襲
 1 shock(stress)
 2 defensive retreat :防衛的退行
 3 acknowledgement(renewad):自認段階
 4 adaptation and change:満足するような経験の増加、自己像の変容、新たな価値意識を持つ

これら2つの段階理論の、背景となる立場からのいくつかの相違点
・防衛規制の順序:Cohnは晩年のfreudの説に従って防衛規制を苦痛(悲嘆)への対処として位置づけるも、Finkは対処できないstress(脊髄損傷)に対して防衛規制を用いるという伝統的なcoping behavior説を展開。
・感情の落ち込み段階を両説とも想定しているも、Cohnは悲嘆(mourning)を用い、Finkは抑うつ(depression)を用いている。つまり前者は、あくまで正常反応、時間経過で自然に癒えていくものを想定、後者は、必ずしもそうではない
・最終的な段階として、Cohnは、adjustmentを唱え、Finkは、生物学的な意味合いの濃いadaptation(適応、順応)を位置づける

1960年台後半〜1970年にかけて、障害後の患者の行動に関する行動療法(オペラント・コンディショニング)の立場からの理解が導入

1980年代以後
段階理論に対して多くの批判
→ 段階理論は、単なる臨床的印象や逸話に基づく仮説(Trieschmann)
それぞれの段階での心的現象の有無(例えばRohe)

わが国における研究
1956年(昭和31年)、高瀬論文にて身体障害者の心理的問題に着目し「障害の受容」の概念を紹介
→ Graysonの受容説を詳細に紹介。Demboの価値転換の理論についても触れている
・その後、国立身体障害者センターグループにより、受容理論、段階理論は、期を一にしてわが国に導入
→ 1963年、岩坪(旧姓石田)がCohnを紹介、その過程を切断後の患者心理理解に適応(1970年、1972年)
1964年、三沢がWrightの”Physical disability-a phychological approach”を翻訳、「心理学とリハビリテーション」として紹介・三沢(1967年)の、脊損者10例に行った「受け入れの過程」についての面接調査で、6名が真剣に死のうとしていた。こうした最悪の時点から障害の受容が始まるとしている。このような段階理論を肯定する立場は諸家により展開
1977年、寺山は、キューブラーロスの「死の受容過程」を紹介、身体障害後の受容過程との類似点について述べた
・上田(1980)は、Wrightの価値転換論を受容の本質とし、受容過程の最終段階として受容期を位置づけ、価値の転換の重要性を強調1973年、博田は脊髄損傷患者において、わが国では医師が予後告知を半数以下にしか行っていない調査結果を提示しつつ、患者の障害の認知(不治)がリハビリテーション・プログラム遂行上重要であることを強調
1977年、高口らは、脊髄損傷者の疼痛と痙性の心身医学的考察を行っている
1988年、本田らは、外傷性脊髄損傷者43名における障害後の心理について検討
1991年、南雲らは、32例の脊髄損傷受傷後の抑うつ状態について調査。

わが国における「障害受容」概念の特徴
1 段階理論がその導入において「受容過程」として紹介
2 Wrightの価値の転換が、その後の受容の本質として障害後の心理過程の最終段階に位置づけられたこと
3 緒段階理論は本来はそのよって立つ理論的背景により各段階の意味合いが異なり、現在はその妥当性自体に疑義。しかしわが国ではすべてが受容過程として一様に理解されて演繹的に用いられている
4 キューブラー・ロスの「死の受容過程」が身体障害後の受容過程として引用される傾向がある

障害の受容過程の功罪について
「諸段階理論はの一段階に患者心理をあてはめる手法はリハビリテーション・プログラムに類似、臨床ではスタッフにも理解が容易である。しかし、受障後長期を経た患者からも、Wrightが障害受容した言葉としてあげている『わたしたちは、たとえ思いつくような資産(能力:筆者注)がないんだけども、、わたしの人生は満ち足りている』といった述懐を寡聞にして筆者らはいまだ耳にした経験がない。また最終段階とされる価値の転換が、あたかも入院中に全員が到達するべきゴールと誤解されたり、抑うつ気分を受容の前段階として強要されたりする行き過ぎもしばしば認められる。さらに、キューブラーロスの『死の受容過程』については、・・・残存機能に希望を見いだして社会復帰していく障害後の心理過程が同一とは考えにくい」p198

受容理論の発展に向けて―Graysonの受容概念の再検討のための予備的研究―
の結果を治療プログラムにそってモデル化すると、「患者は授傷初期は麻痺の回復を期待し、おとなしく看護されるのが『模範的な』患者となる。しかし、急性期治療が終了し、残存機能によるリハビリテーション訓練の時期になると、状況が変化し、障害者の役割への過度期の性格をおびてくる。つまり、いまだ入院中で、社会的責任が回避されている点では病人と同一である一方で、『看護される立場』から可級的自立を期待される点では障害者の役割を持つ。さらに、ADLが自立すると、退院後の生活設計などの現実検討が求められる。そして、臨床場面でしばしば問題になるのはプログラムで期待される役割の推移と患者の身体像や社会的な自覚の間にズレが生じた場合および抑うつ的になる場合である。・・・後者については前述のとおり様々な要因が関与しており、今後身体、心理両面からの病態の解明が待たれる」p199


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