神話の楽想ーレヴィ=ストロースの共生観ー
田島明子
20060820
渡辺公三先生集中講義
共生論T(20060728〜31)レポート
課題1:レヴィ・ストロースの 『神話論理』は、今までにない新しい「共生」の概念を提示しているか、考えをのべよ。
序章(序曲)を読んでいくと、レヴィ・ストロースが音楽に特別の関心を寄せていることがわかる。私自身、小さい頃から音楽に触れ、特にピアノ曲であったが、音楽に内在する感情表現、自然のリズム、あるいは、時代の息づかいなどは、言葉よりもはるかに感動的であり、感覚として私の肉体の内部に滑りこんでくる音楽の特別の力を言葉にしたらどうなるんだろう、と思いを馳せたことがあった。だから、レヴィ・ストロースが音楽に魅せられ、音楽に内在する「感覚的なものの法則」に興味を抱き、そして、音楽と神話の類似性を見いだし、まるで音楽の「感覚的なものの法則」を明らかにするように、神話の「感覚的なものの法則」を本書で描いたということにとても興味を惹かれた。
「本書で取り出して示したいのは、(人間の意識にではないにしても)神話の中に何があるかであるよりは、互いに最大限に離れた精神や社会や文化から取り出した具体的資料である無意識に作られたものに共通の意味を与えることができる、最大のコードを決めている公理と公準の体系だからである」(20)
上記の文章が、私にとって最も本書の意図が汲み取り易かったのであるが、確かに音楽も時代や文化を越えて、人々に共通の感動を与える何かがある。その背後には「感覚的経験の自然の組織」(34)が構造として存在する。そして、レヴィ・ストロースは、神話について、「さまざまなシークエンスと主題が分散しているのが神話的思考の基本属性」「神話は果てしなく続く」「神話のリズムを尊重せざるを得ない」と表現する。
講義中にいくつかの神話に触れることができたが、私自身は、残念ながら神話1つ1つにレヴィ・ストロースのように音楽との類似性を感じとることはできなかった。むしろ、正直言って野蛮なものを感じた。いきなり母親を犯したり、親族を殺したり、「どういう発想をしているのだろう?」と思った。ただ、この私の受けた感覚は、おそらく整備された文明を生きる人たちにとっては共通の感覚なのではないかと思うのだ。レヴィ・ストロースが産まれ育ってきた西洋の国では特にそうなのではないか。一方で、音楽は、芸術として高く評価されてきた。作曲の才能のある特別な人たちは、その才能故に、生活が保障されたりしていた。レヴィ・ストロースが作曲家に特別の位置を与えているのも興味深い。(「音楽における創作者たちが神々に似た存在・・・」(29))レヴィ・ストロースは、同じように、神話の創作者たちにも特別な価値を見いだしているのだろう。そして、聴き手側の不思議な体験についても、音楽では、「不死の状態」(26)、神話では、「どこから来たものでもないメッセージの受け取り」(28)と表し、各々の特別な経験を表現している。
そして、『神話論理』の目次を見てもわかるように、レヴィ・ストロースは、神話の構造分析を通して、壮大な楽曲を創り上げたのである。私たちのような神話への感度が途絶された聴き手にとって、レヴィ・ストロースのこうした果てしない(それこそ神のような)労働によって、初めて神話への感覚が呼び覚まされたのだとしたら、やはりそこには未開の地への覚醒があったとも言えるし、また、音楽の特権性についての自覚を促すものであったとも言える。
レヴィ・ストロースの『神話論理』における共生概念の提示の仕方は、集団同士の政治性を浮き彫りにするといった強烈なラディカルさではなく、渡辺先生が講義で再三おっしゃったように、在るものの美をひきたたせるような、エレガントさと、未開の地の人に対する親愛の情のようなものに裏付けられたものであると考える。
20061023
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