2003年10月31日掲示板
| 読書感想文のフォーマット | 地域ヤギ |
| ☆☆☆☆の会議はネットで公開すべきだ | C&R区間でエサ釣りをしたい |
| 二次検査 | 車のスモーク |
| 歌舞伎復活 | タカの通過地点が飯能にあったんだ。 |
| エス☆キモー | 音楽を料理にたとえれば |
| 格安、バウム・クーヘン | Re:さんかいどう? |
| Re:?プログレとは | 夫婦でお風呂 |
| めんどくさい |
読書感想文のフォーマット 投稿者:大塩野 投稿日:10月29日(水)19時23分12秒
次のような感じで読書感想文のフォーマットを作っておくと、インターネットの記事にする場合に有効です(サイト管理者でネタに詰まっている人必見)。
例1、文学作品:好きな作家の好きな本
1、本の作者と私(この作者の本はいろいろ読んでいる。こういうときに読んでいる・・・落ち込んでいるときとか)。
2、友人も同様の経験がある(友人は鬱状態になると読んでいる。など)。
3、なぜこの作者の本は鬱に効くのかの回答(一種の癒しがあるからだ)。
4、私がこの作者を好きな理由と具体的な描写。
5、本作品の説明
(1)一言でこの作品を言ってみる。
(2)物語の主題と背景。
(3)そこから見えてくる意味、意義のようなもの。一貫するテーマなど。
6、同様の主題を持った作品例とその若干の説明。
7、再び最初に戻ってこの作者を読むときのシチュエーションについて手短にひとくさり。
例2、歴史本
1、なぜこの本をチョイスしたのか。その背景と理由(以前から興味のあったジャンルだったなど)と実際に読んでみての感想(がっかりした、予想外におもしろかった、など)。
2、そのジャンルの歴史的考察
(1)このジャンルは歴史的風化が激しく残っていくものは少ない。
(2)そのようなものを残しているのはよほどの好事家か偏屈者だ。
(3)実は私や知人にそのことに詳しい人がおりまして・・・。
など
3、なぜそのジャンルは風化したのか具体的な事実とその理由と背景。
(その具体的な事象やエピソードとその理由や背景のセットを3連発くらいぶちかます)
4、まとめとして、自分にとってこのジャンルの魅力とは何か?本書を読んで改めて気がついたようにぶっこく(結局、私を満足させてくれるものは・・・)。
例3:ノンフィクション
1、この本は好きなジャンルだ(本について一言で言い切る)。
・これまで読んだ同種の本を列挙。
・同種の本の中でもいくつかのパターンがあることを説明(漂流記、無人島生活、冒険・・・戦争賛成、反対、戦中記、戦後記などパターンがある・・・はず)。
その具体的なものと背景と理由。
2、本書の概要、物語の背景(時空、国や人間の関係性)。
3、印象に残ったエピソードをひとくさり(前記の背景をふまえ)。
4、印象に残ったエピソードと相似の身近な話題や体験を対比するかたちでひとくさり。
5、この物語と通低する印象、そこから得られる思いとその視点から見た自分について。さらに総括的なこの物語についての感想を一言で言いきる(あるいは相似の問題を対比することで得られたインスピレーションの展開や問題解決への筋道)。
例4:歴史本2
1、作者についての概略説明(こんな活動をしていて、こんな作品を残している)。いつ頃の人で、どこの人で、どのような業績があり、など。
2、この本の概略説明(『・・・』という本は・・・)。
3、以前読んだ類書の解説、概説。
4、今回読んだ本の中で先に上げた類書と同じテーマについての比較(テーマを三つくらいあげて、説明する)。
5、類書と今回読んだ本との対比から見えてくる本書の特色をさらりと述べる(あるいはそのジャンルでのこの本の位置付け(入門書、上級者向け、解説、バイブルなど))。
例5:エッセイ
1、本書を手にとった理由(なんとなく、ほしくて、送ってもらって、など)。
2、本を読んでいて受けた作者の印象。その印象と自身との対比。
3、共感。私がいつも思っている(言っている)こと同じことを作者も言っている。
4、深く納得できたエピソードについて具体的な事象とその説明
5、なぜ、作者と生き方、考え方が一致したのか一言で語る。
別の構成
1、作者と自身の対比。そこから見えてくる、共感できない部分の解説(なぜ、共感できないのか・・・多くは時代、国、年齢、人種、宗教、性別、特異な体験がちがうのさ)。
2、なぜ、この本はすぐれているのかを解説(すぐれている部分を抜書き)。
3、自分が好きな同じ作家の著作を列挙。
例6:実用書
(1)一言で本書を言い切ると(25文字)。
(2)今までの常識を具体的な事実をもとに説明(200文字)
(3)本書によってその常識が覆されたことを、事実をもとに説明(400字)
(4)本書で提起した問題とその解決(500字)
実例7:科学解説書
(1)本のテーマに沿った身近な話題(300字)
(2)本書と作者の背景(以前の作品とのつながり):300字
(3)本のタイトルに沿った内容の説明(400字)
(4)身近な話題「花粉症」に本の内容を絡めてひとくさり(150字)
(5)読者の小学生時代の思い出と本書の内容(400字)
(6)もし、○○○(本のテーマとなる物)を商品化して展開したら(100字)
(7)○○○(本のテーマとなる物)に興味を持つ自身と本の内容を対比(200字)
(8)もし○○○(本のテーマとなる物)をペットにしたら(その展開):200字
例8:ドキュメンタリー
(1)本書にキャッチコピーをつけるとしたら(50次以内)
(2)著者のこれまでの著作の紹介とその中での本書の位置付け(200文字)
(3)著者が提出したこれまでの常識と異なる部分(300字)
(4)エピソード1(250字)
(5)エピソード2(150字)
※仕事で出張報告書、議事録、実験レポート、企画書、開発計画などを書くわけだが、こういうものはすべてフォーマットが決まっている。だから作成するのが非常に楽だ。インターネットの個人サイトなどもフォーマットを決めておくと日々の更新文の作成が比較的楽にできる(掲示板の投稿もネ)。
※読書感想文はインターネットの記事の中では非常に作成しやすい。なぜなら自分でテーマを見つけないですむのだから。
なんてね。
こんな感じで、フォーマットを作っておけば感想文の量産が簡単です(別に量産せんでもいいけどネ)。
おしまい
地域ヤギ 投稿者:大塩野 投稿日:10月31日(金)23時07分04秒
NHKに『ご近所の力』(だったかな?)という番組がある。商店街の活性化であるとか、地域の空き巣対策であるとかを、ご近所の人たちが協力してすすめるという番組。その中で近所に野良猫が増えすぎて困っているという居住区を紹介していた。そこでの解決策は近所の方々が野良猫にエサを与えて、毎日世話をして、地域のネコとして管理していくことにしたというもの。こうすれば野良猫によるイタズラや、とめどなくネコが増えつづけるということがなくなるというもの。名付けて「地域ネコで問題解決」(だったかな?)。
で、今回、私が思いついたのはこれの農村バージョン。名付けて「地域ヤギで村おこし」(仮題:「村おこし」と言ってしまった時点で、ものすごく野暮イ)。以下はその企画の骨子。
企画:『地域ヤギで村おこし』(仮題)
1、 本企画のねらい
(1) ヤギを高齢者の暇つぶしと子供たちの情操教育に役立てる。
(2) 放置田畑の雑草対策。
(3) ヤギ料理による地域の活性化。
2、 内容
(1) 地域で共同のヤギを所有、管理。
(2) 放置された田畑に放牧。
(3) 冬季にツブして食す。
3、 背景と理由
(1) ヤギを個人所有することは管理と費用面で負担が大きい。
(2) 放置田畑がイノシシの住処となっている。
(3) 農村の高齢者と子供たちを活性化させたい。
補足説明
放置され雑草に被われた田畑は耕地の中に散在している。複数の所有者からなるそれらの田畑は、夏になると雑草を刈り払わなくてはならない。だが、それは思いのほか手間のかかる作業だ。高齢者が所有するそうした土地は管理すらままならないという状態が続いている。このままでは近い将来、原野に戻ってしまう。
一方で、何もせず、ただぶらぶらしているだけの高齢者も見かける。「何もしないでいるとオオゴトなので、草むしりをしている」と雑草生い茂る大きな畑の一角にポツンとしゃがんだまま答えてくれた老人もいた。何もしないでいるとかえって退屈で疲れるが、かといって自分の手には負えないほど雑草の量は多い、ということだ。
そこで、数軒でヤギを共同所有して、高齢者がそれを管理し、雑草に被われた田畑に放牧してはどうかというもの。さらに子供たちにもヤギにふれあわせ、ついでにツブして食すところまで体験させれば命の尊さまで学習できる。似たような話でアイガモやコイがあるが、数軒で1頭、2頭のヤギを所有しようというのは初めてかな?(まだ、何もやってないけど)。
※家畜を自家処理することと動物虐待は異なる。このことを子供のときから、よく叩き込んでおくべきだ。
※ 30年ほど前にNHKで『明るい農村』という番組があった。その番組では村のアイデアマンといった方々を多くとりあげていた。ミミズの養殖であるとか、スッポンであるとか、農業に関する何かおもしろそうな話題が多かった。このサイトも釣りの話題ばかりではなく、そういったものもできるだけとりあげていこうか。
※ 山と隣接した雑草に被われた放置田畑は、山から降りてきたサルが里へ入り込むためのジョイントの役目を果たしている。地域ヤギはサル害にも有効だ。
※ 複数の所有者からなり、しかも点在する放置田畑。それを所有者ごとに区画整理すれば、多少は利用価値も出てくるだろうか。
おしまい
大塩野 題名:オレオレ詐欺
投稿日 : 2003年10月30日<木>23時01分
先日ちょっとした会議があり、アール村の駐在さんと話をする機会にめぐまれた。そのときの話題で、オレオレ詐欺の件が話題に上った。
オレオレ詐欺は今秋に小☆鹿野町、吉☆田町、両☆神村でも多発しているとのこと。10月のある日などは1日で十数件の通報が警察にあり、そのうち3件は金融機関が(妙な振込みだ)と気がついて通報してきたものだった。
身近な村や町にまで、オレオレ詐欺が進出してきているとはビックリ。また電話をかけてくるウソの理由が交通事故ばかりではなく、他のシチュエーションとして、手切れ金や妊娠させてしまったなどというものもあるという。
オレオレ詐欺は最近、巧妙化してきており、たとえば交通事故で至急金を送ってきてほしいという場合などは、二人組みが被害者と加害者に別れて演技するという。「今、相手にかわるからね」あるいは「おたくの家族に車を当てられた」などと言いだすのだという。
撃退法としては、とにかく不用意に心当たりのある家族や親戚の名前を出さないこと。さらに必ず「だれですか」と言って相手に名前を名乗らせるのが有効。
で、このオレオレ詐欺の余波として、実の息子が「オレオレ」と言って実家へかけてきたのを詐欺と間違えて、110番通報してしまったなどというのもある。
※ 家族へ電話をする場合は、どうせ声でわかるのだからと、ついつい「オレオレ」と言ってしまうが、今後は充分注意する必要がある。名前で受け答えするか、何か符丁のようなものを決めておくとよい。たとえば電話をかけるときは必ず「ハロー、ダーリン」と甘くささやき、受けるほうも「♪リン、リン、リリーン、リリリリリーン」などとすれば完璧だろう。
※ 一度、ある家に電話すると「ハロー、ダーリン」とやられたことがある。
※電話でいちいち名乗らないのは日本人特有の「アウンの呼吸」(ていうか以心伝心)というものだ。これは非常に効率的で、なれた仕事なんて、ほとんど言語に頼らないで「ああ」とか「うう」で打ち合わせができてしまうほどだ。こんな便利な習慣(ものすごく高度な文化を背景とするコミュニケーションの形態・・・日本人はこのことをもっと大切にすべきだ。欧米流に何事もハッキリ言うのがビジネスの鉄則であるというのは幻想だ。特に日本の会社でそれをやると、いたるところで角が立ち、かえって非効率になる。)をオレオレ詐欺ごときで変えるなんてことができるわけがない。
※ 上記のテーマはもっぱら個人的な(単発的な、対処療法的な)詐欺の対処法なのだが、もっと社会的な視線で見れば「高齢者の財産管理をどうすべきか」という問題にぶち当たる。悪質な訪問販売、年金手帳の流用、保険詐欺など高齢者をターゲットにした犯罪はオレオレ以外にもある。本来ならば、ここで一つ二つ解決策を展開して、話を広げてみたいのだが、今日は眠いのでここでやめておく。
おしまい
☆☆☆☆の会議はネットで公開すべきだ 投稿者:大塩野 投稿日:10月25日(土)20時27分41秒
会議の内容や背景を会議の前と後にインターネットで公開すべきだ。とくにC&R区間の設置や漁券システムの変更に関することは議事録ばかりではなく、事前にそのテーマと論点を公開すべきだ。こうすればより多くの意見を集められ、一部の人に利権が集中するということがなくなる。
たしかに今まで非公開にしてきたものを公開することに関しては、抵抗する人も出てくるだろう。とくに河川を私物化して利権を確保してきた一部の人には死活問題だ。激しい拒絶反応が予想される。
もちろん、このような投稿をしたからといって、すぐに改善されるもではないということも理解できる。だが、だからといってその他の大部分の人々が、いつまでも不利益をこうむりつづけなければならないというのは、やはりおかしい。今はまだ、この問題に関してのよい解決策はないが、そういった問題があるということを広めていくのは決して無駄ではないと信じている。
少なくとも会議の議題が事前に公開されていれば次のような事態は回避できる。
(1) ある理事の個人的な意向でC&R区間でエサ釣りができないことが決定されてしまった。
(2) いつまでたっても渓流とアユの漁券が分離できない。
(3) ダムや堰堤の撤去が話題に上らない。
あるいは逆に議論のテーマを一般から募集することもできる。これなどは脱秩☆父者の増加を食い止める効果も期待できる。
河川を利用することによる利益が一部の人に集中するのを防ぎ、なおかつ一般釣り客の意見から乖離しないかたちで☆☆☆☆が運営できるので、会議の内容や背景を会議の前と後にインターネットで公開すべきだ。
おしまい
※本件はフィクションです。実在する地域、団体とは一切関係ありません。
C&R区間でエサ釣りをしたい 投稿者:大塩野 投稿日:10月25日(土)19時40分09秒
現在、秩☆父のC&R区間の釣り方はルアーとフライのみのになっている。私は次の三つの背景と理由からC&R区間でのエサ釣りを認めたほうがよいと考えている。
第一は秩☆父地方で釣りをする人の八割以上はエサ釣りを主に行っているからだ。現在のC&Rのメインであるフライやルアーより圧倒的に人数が多い。これらの人々もC&R区間を利用できるようになれば漁券の販売量を倍増することができる。他地域への釣り人の流出も防止できる。
第二にエサ釣りで多発するハリの飲みこみによる魚へのダメージを、ルールを設定することで、極力抑えられることがある。具体的にはサイズが大きく、長軸で生分解性があるハリを使用するなどというものだ。
最後に今までエサ釣りを主体に楽しんでこられた方にも、釣った魚は持ち帰らないで、リリースすることに慣れてもらうということがある。私はこれが一番重要だと思う。釣った魚を再び流れに返すという行為は、たしかに最初は抵抗があるかもしれない。だが、やっているうちに逆に魚をキープすることの無意味性にも気がついていくはずだ。さらに子供のうちからC&Rに慣れておくのもよい。
※魚をキープすることの無意味性。
(1) 単に持ち帰る。何をするでもなく冷凍庫の肥やし。
(2) 隣近所や知人に配る(たいていは嫌がられているのに)。
(3) 剥製もしくは飼育。養殖魚を剥製?飼育?・・・一体どういう価値が?
もちろん、そうは言ってもフライやルアーを行う人々より、エサ釣り師にC&Rの習慣が薄い人が多いのも事実だ。永年、釣った魚を必ずキープする行為に固執し、それに生きがいをもっている人もいるだろう。これはある程度しかたないことだ。悲しいことだが、どろぼーネコよろしくC&R区間から魚をくすねる人に対しては、今のところ名前を公表するなどの罰しかない。だが、私は解のない問題は少ないと信じている。全面的な解決は無理だろうが、少しでもこういった問題が起こらないように注意していけば、いずれ全面解決に近いかたちになると信じている。
また、一般河川でのC&R区間でエサ釣りが行われれば、既存の特別釣区(自然河川を利用した釣り堀)の売上が落ちるといった懸念もある。だが、世の中競争社会だ。民間の会社では従業員はションベンに血が混じるぐらい一生懸命働いている(私も)。そうしたことを考えれば、C&R区間と特別釣区との競争が発生するのは世の中の流れであり、当然だ。むしろ競争が働いて、お互いのサービス向上ができれば、集客力もアップして、釣りを中心とした地域の観光産業が活性化されるメリットのほうが大きいといえる。
C&R区間でのエサ釣りが認められれば、次の三つのメリットが考えられる。
一つは釣りのジャンルを超えた釣り人同士の交流や新しい釣り方が開発されていくということだ。今の渓流釣りはフライ屋あるいはルアー屋、エサ釣り屋、というように釣りのスタイルによってグループ分けされてしまっている。なかなかその区割りを超えた交流というものがない。これなどは渓流釣りというもう少し大きなくくりでとらえた場合に損失が大きくなる原因だ。たとえばダムや堰堤などの公共事業や在来魚や外来魚の問題など、釣りのジャンルをこえて検討すべき事項が盛り上がらないからだ。
問題解決のほかにも新しいジャンルの開発にも期待が持てる。たとえばエサ+ルアー、エサ+フライなど、少々強引なコラボレーションが予想もしない新たな楽しみをもたらすかもしれない。
二つ目は魚のコンディションについてだ。特に冬場のC&Rについて言えることだが、水生昆虫がほとんどいない状態で、通常より密度の高い状態でニジマスを川に入れておくのには問題がある。栄養状態が悪くて、病気になる。あるいは養殖時のヒレの欠けがいつまでも治らないなどということが起こる。これを防ぐには魚にエサを与えるのが一番よい。そこで、暗黙のルールとして、C&Rに訪れたエサ釣り師はあまったエサは魚にくれてやるというのはどうだろうか。エサ釣り師ならばいつもエサを持ち歩いているので、魚のコンディションの維持にはもってこいだ。
エサ釣り師がC&R区間を利用できるようになれば漁券販売量のアップが期待できる。漁券単体で、ある程度の収入が見込めれば、ダムや堰堤の補償費に頼らないであの団体を運営することができる。今までのように金がもらえなくなるのを心配して、悪質な公共工事に弱腰になることはなくなる。これによる自然保護の推進ははかりしれない。
C&R区間でエサ釣りを行うことができれば、釣り方というものの多様性や、あの団体の資金源の変更による体質改善、さらに環境保護意識の高まりといったものが期待できる。あの団体は一部の者の意見ばかり取り入れていないで、C&R区間でのエサ釣りを認めるべきだ。
おしまい
※本件はフィクションです。実在する地域や団体とは関係ありません。
二次検査 投稿者:ホーチミンY.C
投稿日:10月24日(金)15時03分38秒
私が行っている親会社は、健康診断に引っ掛かった人に対して会社で二次検診が受けられるそうだ。私の会社では、健康診断に引っ掛かった場合は、会社指定の病院に個人で検診を受けに行かなくてはならない(診察料は会社持ちですが)
個人で病院に行かなくてはならない場合だと、土曜日に行くか平日休んでいくかしないと行くことはできない。しかし、会社で二次検診が受けられるのならば、そんな心配をする必要はない。
私と一緒に仕事をしている人は、胃の検査で引っ掛かり、胃カメラ検査を会社で受けると心配していた。会社にいながら胃カメラ検査が受けられる。大きな会社は至れり尽くせりです。
でも、胃カメラを飲んだ後に、仕事をするのはちょっときついかな?私も3回ほど胃カメラを飲んだことがありますが、胃カメラを飲んだ後は放心状態で、とても仕事をやれるような状態ではありません。
個人差があるとは思いますが、それを会社の人に言ったら、なおさらブルーになってました。私って本当に親切者です。
Re:二次検査 投稿者:大塩野
投稿日:10月24日(金)17時44分17秒
健康診断でひっかかると病院に行がなくちゃなんで大変だなー。俺の会社も一般の病院へ外来しなくちゃだなー。会社の中で二時検診できれば便利だなー。
でも、本来なら会社が従業員の健康への取り組みを応援して、二次検診者を削減していけばいいのかなー。たとえば喫煙や飲酒の習慣のある人はボーナス減額とか。
胃カメラを3回も経験したの?それじゃガバガバ・・・なわけないか。
胃カメラのすばらしさを未体験者によーく語り聞かす。さすが良心的ですねー。
ちなみに俺も飲んだことないなー。経験者によるとあれは飲むのじゃなくて、押し入れられるのだと言っていたなー。あと、苦し紛れのタップは医師と女性看護士が無視するとか何とか。どうなんでしょう。
車のスモーク 投稿者:大塩野
投稿日:10月21日(火)19時46分26秒
車のウインドウに施してあるスモークは車内が外から見えないので大変便利だ。少々乱雑に荷物を積んでいてもまわりからはわからない。紫外線もカットしてくれる。カーセックスにも最適だ。
だが、ドライバーの表情が他の車から見えないという欠点がある。交差点などでは、スモークの運転者がホントにこちらの存在に気がついているのか不安になることがある。
そこで、時と場合によってはスモークがかかったり、解除されるというような代物はないだろうか。液晶みたいに電圧がかかると光をさえぎってくれるとか。
おしまい
歌舞伎復活 投稿者:黒海土
投稿日:10月21日(火)19時34分09秒
ある村の歌舞伎がおよそ30年ぶりに復活した。大方の予想に反して、非常に活発であるという。この成功の秘訣は、やりたい人のみ集め、やりたくない人については無理強いをしないことだった。
ある耕地のネオコンに聞かせてやりたい。ある耕地では数十年ぶりに屋台の引き回しが復活する際に、反対派と賛成派で鋭く対立した。反対派の人びとも渋々屋台に付き合うこととなったが、屋台の引き回しから数ヶ月たつ今でも耕地の中に不穏な空気が漂っている。この歌舞伎の復活劇を見習ってほしい。
文化や伝統の継承や復活については、人によって好き嫌いがはっきり分かれる。私などは伝統や文化的行事の復活などまったく興味がない。復活推進派に協力を無理強いされることは非常に迷惑だ。屋台の引き回しについては賛成の人だけでやってもらいたい。そのほうが反対派に足を引っ張られずにすむので伝統復活原理主義者もやりやすいだろう。もちろん反対派にとってもそれは都合がいい。
※ 太鼓や歌舞伎が嫌いな人にとって、そういうものを祭りのたびに見せられるのは、スナックで素人のへたくそなカラオケを聞かされるようなものだ。たのむからやめてくれと言いたくなる。
※ 地域の人が一つのことについてすべて賛成や反対に偏ってしまっては困る。それでは地域のことなら個人の人権はどうでもいいということになってしまう。まるっきり全体主義だ。日本は民主主義なので、反対の人もいれば賛成の人もいる。あたりまえだ。ただ、いがみあってばかりいないで、屋台の引き回しは廃止するか、やりたい人のみでやってもらいたい。これなら反対の人に迷惑がかからないですむ。とにかく反対派の人に時間と金銭的な損害を与えないように工夫しろ。バカヤロー!(ああ、イカン、イカン、つい感情をむき出しにしてしまった。)
おしまい
タカの通過地点が飯能にあったんだ。 投稿者:大塩野
投稿日:10月20日(月)23時32分30秒
「渡りは自然のドラマ」(『生き物たちのシグナル』2003年10月20日、毎日新聞)に渡りをするタカに関する記事がのっていた。とにかく9月中旬から10月中旬にかけて、日本から南の国へわたっていくタカの類がいるという。しかもそのタカたちが通過する地点は決まっており、そういったところでは1日に7433羽も確認できたこともあるという。
現在知られている通過地点は、埼玉県飯能市、京都府宇治市、徳島県鳴門市、高知市、長崎県佐世保市、熊本県牛深市などだという。
飯能にそのような地点があったんかい?今度行ってんベー。
エス☆キモー
大塩野
2003/10/18 17:08
※ 今ではエス☆キモーよいう言葉は差別用語として、使用することはなくイヌイットというそうですが。
友人が極北で暮らす人々の生活を描いた本を読んだ。題名は失念。20年以上前に書かれた本。この本の中で特に印象に残っているのは次の3点だそうな。
(1) 解体したばかりのカリブーの腸を蕎麦のようにずるずるすすって食べる。
(2) 犬を酷使する。
(3) 住居は臭いがきつい。
であるそうな。
一体どのような本であろうか、今度かしてもらおう。
おしまい
音楽を料理にたとえれば
大塩野
2003/10/18 07:28
音楽と食事というものはどこか似たところがあり、そえはお互いに深いところで人間の快楽に結びついているからだという説がある。ならば音楽を料理でたとえてみると、次のようなものになるであろうか。
多くの演奏者を必要とするオーケストラを使ったクラシック音楽は、フランス料理といったところか。たくさんの皿にのせられた手のこんだ料理たちを、ひとつひとつ食べていき、すべてのさらを味わうまでには2〜3時間を要する。もちろん食べ終わった後は身動きもできないほどの満腹感。
強いビートとアップテンポが身上のポップとロックは通常の楽曲であれば、数分で完結するように作られている。このテレビやラジオによくマッチした音楽は、クラシックの対極といってよいだろうか。料理でいえば食べたいときに食べられて、注文すればほとんど待つこともなく出てくるハンバーガーやフライドポテトなどのファーストフードだ。
ちょっととっつきにくくて、初めはなれるまでに時間がかかるが、一度その真髄にふれると、その強力な吸引力に逆らうことができなくなるプログレと呼ばれる、他のジャンルから若干孤立した音楽個体群は、くさやの干物を代表とするちょっとクセのある発酵食品か、あるいはヘビや昆虫の料理といったところか。
料理はカップラーメンのようなインスタントなものから満漢全席のような非常に手のこんだものまで、多くのものがある。音楽もその点では同じだ。さらに日々同じものが開発されつづけるという永遠性は非常に魅力的だ。今度から新しく聞いた音楽は料理にたとえてみようか。
※ 本能的な快楽という意味では、魚釣りという狩猟本能を満足させるための生命を遊ぶレジャーも音楽との共通点が多々ある。
※ 料理は運動をした後の空腹や二日酔いのときのような食欲のないときなど、そのおいしさは体調と密接な関係にある。音楽もしかり。その感じ方は時間や場所、シチュエーションによって同じ音楽でもこうもちがうのかというくらい変わる。
※ プログレはテレビやラジオにむかない。それは話のオチを最後まで聞かなければならない落語と同じだ。視聴者はオチまで待っていられない。ポップやロックはサビといわれる瞬間的で印象的なメロディーを聴取者に聞かせるだけで、その楽曲のインパクトを伝えることができる。だが、物語性を重視するプログレにはそれができない。そもそもプログレというものは数回聞いて、耳になじんできて、はじめてそのよさがわかるというシロモノだ。現代のスピード社会に適応できるわけがない。
しかし、最近はスローフードなどといって、もう少し人生をゆったりした時間の中で楽しもうという運動もでてきた。案外これからプログレのようなアンチ・キャッチ―な音楽が流行るのかもしれない。手作り中華料理やゲテモノ料理をプログレッシブ・ロックと同時に楽しみながら食べるのも悪くないか?。
おしまい
トイレの落書き・一人じゃないんかい! 投稿者:大塩野
投稿日:10月17日(金)21時14分32秒
起
会社の男子トイレに落書きがあった。
承
毎日毎日、飽きもせずいろいろなことを書いている。消しても消しても書いてくる。
転
そこで、掃除のおばさんが「落書き禁止」の張り紙をした。
結
翌日、その紙には「落書き止めます」という意味の文字が複数の筆跡で書かれていた。
※ 本件は実話をもとにしたフィクションです。僕はトイレの落書きには興味はないのですが、一度、オープン前の(新規開店の)大型店舗の、まだまったく新しいトイレに書き込みがされているのを見たことがあります。僕は機械の設置でたまたま入店していたんだけんど(工事関係者か店のもんが落書きかよ)でした。
おしまい
大塩野 題名:格安、バウム・クーヘン
投稿日 : 2003年10月17日<金>20時38分
鬼石から児玉へ抜ける道の途中にバウム・クーヘンの工場がある。鬼石から462?号線に入って、カナサラダイシを超えてちょっと行った先の左側。名前は忘れた。
で、そこのバウム・クーヘンは非常に品質がよく、軽井沢にある高級店をはじめ、無印良品的な販売ルートに乗って、様々なところで売られている。
そこの工場では製造途中で形が崩れ、そういったルートに乗せられないものを、格安で売ってくれる。いわば割れ煎餅の洋菓子バージョン。
興味のある方はぜひ。
※ 鬼石では四方田さんところのロールケーキが有名。ここは和菓子屋だけれど、ロールケーキが絶品。この道うん十年の和菓子職人が作る洋菓子はなぜかうまいです。店名?ちょっとこっちもド忘れ。
※中身は同じだけれど見てくれで損をしているものが世の中にはいろいろある。曲がってしまったキュウリや、サニー・カリフォルニアなど。他にもいっぱいあるかな?
おしまい
Re:?プログレとは
ダブルクラッチ(大塩野)
2003/10/14 19:48
> ところで、プログレってなに?
> トヨタの車じゃないの?
プロのぐれた人のことかな。シチリアのゴッドファザーもビックリ。ではないな。
要するにロックの化石、ではなくてクラシックってところかな。時代のヤスリにかけられて、70年代のプログレは今や摩滅寸前ってところかな。絶滅危惧音楽として、大切に保護せねば。
絵とか彫刻で言えばわけのわからない現代美術っていうカテゴリーかな?踊りで言えば全身を白く塗りたくって舞台上でグロテスクに舞う人たち・・・
Re:さんかいどう?
キャメル・クラッチ・大塩野
2003/10/17 07:58
要するにわかる人にはわかる。わからない人にはわからない。そればかりか嫌悪感さえもよおす。
だが、ひとたびはまってしまえば、それなしでは生きられない。そんな耽溺性のある音楽のことかな。
中毒になるまでは苦い煙なんですが、ひとたびその魅力に触れるとそれから離れることができない。以降禁断症状を緩和する為に入れ替わり立ち代り、CDを買いあさるわけです。一種の麻薬中毒ってやつでしょうか。
さらにそういったかたちでプログレとの接触を続けていると、受容体である人間の脳に変化がおき、プログレに対する耐性が高まり、より強いプログレを欲するようになります。
また、プログレをつづけていくうちに禁断症状が現われるまでの時間が短くなり、ついには起きている間のすべての時間をプログレと過ごすことになります。こうなるともはやチェインスモーカーならぬ、チェインプログレーターになってしまうわけです。
ま、俺なんかまだプログレの前門ってところで、その域まではなかなかいけないんだなこれが。いつか必ずプログレフリークになってやる。まってろよ渚君。うん?なぎさ?まさかあの元アイドルの女優?それとも朝までテレビに出ていた映画監督?
夫婦でお風呂 投稿者:大塩野
投稿日:10月16日(木)21時34分19秒
夫婦で親戚の家に泊まりに行った場合、そこの風呂に夫婦二人で入浴することがほぼ習慣となっている一族がいるという。
私の家は、よく親戚の人が泊まりにくるが、未だにそういうことはない。一方、友人のK君やO君のうちでは、客人として招かれた夫婦がその家で一緒に風呂に入るのは普通だという。
家がちがうと、こういう習慣は微妙にちがうものらしい。親戚の家で寝るときも夫婦は布団が一個とかね。
おしまい
風呂 投稿者:ホーチミンY.C
投稿日:10月16日(木)23時02分56秒
会社の人の話です。
その人の父親の三回忌に、姉と姉の長女夫婦と次女が家に泊まったそうだ。
その人はいつも一番湯に浸かるのだが、姉の家族に気を使い、先に風呂に入るように勧めたそうだ。
すると長女と旦那が風呂に一緒に入ることになった。そこまでは夫婦だから問題はないが、その旦那が妹も風呂に誘うと何の躊躇もなく、妹も一緒に風呂に入ったそうだ。
夫婦で入るのは解るが、何で妹まで一緒に風呂に入るのか?その人は、今の若い者はわかんねえなあ〜っと言っていたのを思い出します。
ですから、親戚の家に泊まりに行って、夫婦で風呂に入るのは不思議なことではないのではないでしょうか?
Re:姉妹どんぶり風呂 投稿者:大塩野
投稿日:10月17日(金)07時49分35秒
姉妹と一緒にダンナが入ってスリーパーソンズ。
「今の若いもんはわからねー」って俺にも理解不能。
結構そういう、人の家に行ってまで二人で一緒に入るってのは一般的なんだなー。
知らなかった。
俺んちの一族ではそういうことは絶対にないなー。
大塩野 題名:めんどくさい
投稿日 : 2003年10月15日<水>19時40分
あるファーストフード系の喫茶店での話。私がアイスコーヒーを注文すると300円とられた。一緒にいた友人がDセット(アイスコーヒーとトーストのセット)をオーダーすると同じく300円だった。
なんだか損をした気分になった。
あきらかに不公平だ。トーストがついているセットとアイスコーヒー単品が同じ値段だなんて、信じられない。
このサービスを知っていれば、アイスコーヒーを単品ではたのまなかった。少なくともトーストが食べたくないのであれば、セット対象になっていないドリンク類をたのんだはずだ。
何が言いたいかというと、こういった店のサービスを知っている人のほうが逆に損をしているのではないか、ということに気がついたのだ。
それはもちろん、サービスを知っている人はトーストという物質面では得をしたかもしれない。だけれどもそのサービスを知るための時間。店を利用する頻度。サービスを行使するまでの精神的負担(ここはこういうシステムで、こういうサービスがあり、このセットならば・・・を頭の中に入れておかなければならない=クリエイティブな発想の邪魔。さらに小心者であれば、店員や経営者に気を使うということ)。などにおいて労力的に損をしている。またそのサービスを知っているがためにそれを利用しようとして、わざわざ遠回りや、他のことに振り向けるべき手間を犠牲にしている。
とくにそのような、ちまちましたサービスを見つけ出す時間の無駄は大きい。
「律子が高級なブランド品ばかりを買うのは、彼女のファッション・センスとはまるで関係がない。気に入ったブランドを見つけてしまえば、はずれがなく、値段が高い分だけ耐久性もある。それに、自分がファッションなどとは無縁の女になり下がってしまったのだという意識も、ごまかすことができる。」
※これは浅田次郎の小説『シェエラザード』にでてくる一節。律子というこの物語の主人公は仕事が忙しいOL。服を選択する時間がないので、いつもブランド品を購入しているという設定。金はあっても時間がないとどうなるかというのをよくあらわしている。
で、喫茶店で思ったのはこのようなくだらんサービスや車の流行:人に見せるためのファッション的なものを知るために時間をかけるならば、多少金銭面で多く払っても高いものを購入しようとする人が多いのではないのか。とうこと。例えばホントは通勤で使うだけだから軽自動車でいいところを、人から変なことを言われるといやなので、今流行りのミニバンを買っちまうとか。
※私などはくだらんことに時間をかけるのも嫌だし、人に見せるための衣服や車というのも嫌いだ。・・・でも安いものを買ったことを自慢することは止められん。「この靴、480円だで」なんてね。
うーん、うまくまとめられん。
※同じようなことで、もっと社会的なことがあるだろうか。あるいは反対に身近なことで。
おしまい
Res:ホーチミンY.C 題名:価格設定
投稿日 : 2003年10月15日<水>23時10分
アイスコーヒーが単品300円。セットでも300円。その店の価格設定のセンスの良さには脱帽です。
今日のお昼休みに同じような話題が持ち上がりました。会社の若者はよく吉○家の牛丼を食べに行くそうです。そして注文するのは牛丼の特盛り。
しかし、最近になってあることに気づいたそうです。牛丼の特盛りと並2コの値段が変わらないことに。若者の話では、特盛りを食べるより並2コ食べた方が量的には絶対得だと。
その若者の眼は真剣そのものではあったが、並2コ注文する勇気がないと本音も漏らしていた。
量が多いのに少ないものより値段が安いのは、消費者にとっては得した気分だが、量が少ないのに多いものより値段が高いものを買った時のショックは計り知れない。
同じものが他店では安かった!なんてガッカリするのも良くある話。要するに、消費者もインテリジェンスの時代になったということでしょう。
人に聞いたり、広告を見て1円でも安い買い物をする。ババアー連中の時代ですかね?
しかし、今日は眠い。このくらいにしとくか。
大塩野 題名:そうじゃないや
投稿日 : 2003年10月16日<木>08時00分
特盛りは並2個より量が少ないから二人で食べると腹八分目だ。
Res:大塩野 題名:北の難民
投稿日 : 2003年10月16日<木>07時57分
北から逃れてきた少年は洗面器に山盛りにしたご飯を一気に平らげたそうです。
えっ?
話に関連性がない?
Res:大塩野 題名:並2個と特盛りが同じ値段
投稿日 : 2003年10月16日<木>07時55分
と、いうことは二人で行って、特盛りを1っ個注文してもとりあえずは腹が満たされるわけだいね。
ものすごく大きなどんぶり(すり鉢のような)に大量の牛丼を盛って、それを数人で寄せ鍋のようにして食べたらどうかな。オヒマチのオコワみたいに。